人通りの少ない石畳の通り 頭の上に小さな黒い子犬を乗せた赤い髪の少女が迷いのない足取りで歩いている 身を包んでいるのは輝明学園中等部の制服。しかし、この街のものとは少し違うようで… 首に下げた小さな十字架が、ちりんと音を立てた 夕暮れ。洋風の、しかしどこかディフォルメされた、そういってみれば映画のセットのようなこの綺麗な町並みの影が石畳に落ちる そこを黒ずくめの、コートの裾をはためかせた小柄な男が歩く。こつ、こつ。石畳は靴と心地の良い音を立てる 凛 そこに涼やかな鈴の音。聞き覚えのあるその音を耳にして足を止めた 【静】「あれ……?」周囲を見回すと、小さな背中。頭の上にはぱたぱたとゆれる犬の尻尾「あれって……あの、葵ちゃん……?」見覚えのある後姿に声をかけた 【葵】「猫。黒猫?」静には気付かず、街角で欠伸をする白猫を指差し何やら確認。どうやらそれが曲がる場所の目印だったのか、ひとつ頷いた後に、くるっと踵を返し、角を曲って消えていく 【静】「あちゃあ……」その様子に思い出す。そういえばあの子は極度の方向音痴だった。しかも今その原因のひとつが垣間見えた気がする「ちょ、ちょっとまってっ」今ここで見失うとさらに迷宮に迷い込むごとく迷うだろう。だからちょっと足早に後を追い角を曲がった 【葵】「……?」先に気付いたのは頭上の黒犬。小さな頭の上で器用に振りかえると、じーっと静を見つめ「…ジュニア、どうしたんですか?」その様子に制服の上に神父服を羽織った少女が足を止める 【静】「ああ、気付いてくれた、かな?」それを見て追いつき「えっと、こんにちわ葵ちゃん?」 【葵】「……」碧の瞳でしばらく静を見つめ「……ナンパですか?」かくんと小首を傾げる。頭上の黒犬も同じようにかくんと小首を傾げる 【静】「……いや、ちがうんだけどね……?」かくーん、と脱力「僕のこと覚えて……ない、かな?」 【葵】「…冗談です。お久しぶりです。えっと……絶滅社の小さいほうの人」ぺこり、と頭を下げる 【静】「小さいほう!?」すごい、ショックだった「ん、んん、北崎静、だよ。名前、覚えてね?」咳払いし心を落ち着け、そう誘導する。これで大丈夫、きっと「葵ちゃんもこのラビリンスシティに配属されたの?」 【葵】「…静さんですね。はい、覚えました」口の中で静さん静さん静さん小さい人は静さん、と繰り返しつつ「…らびりんすしてぃ?よくわかりませんけど、私は学校に行く所です」進んでいた方向をちらりと視線で示し 【静】「学校……?」とりあえず呟きはスルーし「何校?たしか輝明だったよね?」 【葵】「……そうですけど?」不思議そうに静と視線を合わせ「……そういえば、静さんは遠くにお仕事に逝ったって聞きましたけど、帰って来ていたのですね。おかえりなさい」ぺこり、ともうひとつ頭を下げ。頭上の黒犬は落ちないように必死に頭にしがみついている 【静】「あのね?葵ちゃん。ここ、葵ちゃんの住んでる町じゃ、ないよ……?」ああ、つまり、迷ったのか。やっぱり「ここは、その【遠くの仕事先】の【ラビリンスシティ】だよ……?」 【葵】「……え?」一瞬きょとんとした表情を浮かべ「……」きょろきょろと周囲を見回し「……あれ?見たことない場所ですけど…どこでしょう?ここは」困ってるはずなのに、ほとんど表情は変わらず 【静】「ほんとーに迷っただけ、なんだね」ジュニアと、葵を撫でようと手を伸ばし「どうする?もう夕方だし、教会まで送っていこうか……?」 【葵】「…学校行かないといけないのですけど…」手に持った鞄に視線を落とし 【静】「もう、学校終わっちゃったかな……」苦笑いして「おなか、すいてない?」 【葵】「…すきました」小さくこくんとうなずく 【静】「じゃあ、ご飯食べて、もどろっか。第八世界に。何食べたい?お肉苦手なんだっけ?」素直な葵に可愛いなあ、なんて笑みを漏らしてしまう 【葵】「…苦手です」こくんと頷き。そして、少し考え込み「……ピッツァが食べたいです」もう一度小さく頷く 【静】「ピッツァね……じゃあちょっと歩くけどいい?」心当たりのある店に案内していく 【葵】「……はい」こくん、と頷き「…主はおっしゃいました。小さい人にもいい人はいる」AMENと胸の前で十字を切って、静に頭を下げる 【静】「あ、あんまり、小さい小さいって言わないでほしいなー、なんて……」とほほ、とうなだれながら、石造りのお店へ。通されたのは窓際の席。「何がいい?」第八世界人用のメニューを渡して「僕あんまり食べないから、お勧めを選んでもらおうかな」 【葵】「……」じーっとメニューを眺め「………」じーっとメニューを眺め「…………」じーっとメニューを眺め。頭の上から黒犬がすとんと降りると、メニューの一角を前足でぺちぺちと「……これを」こくん、と頷くと静に視線を向ける 【静】「じゃあ、これをひとつと、サイドにサラダとあとスープと……僕はコーラを。葵りゃんは何飲む?」一応バランスを考えてのチョイス。ここのピッツァなら一枚で十分だろう「ああ、あとそうだな。チキンの焼いたのを。香辛料抜きでひとつお願いできますか?」 【葵】「…水でいいです」小さく頷くとメニューを脇にのけ。降りた黒犬を再び頭の上に乗せる 【静】「じゃあ、ミネラルウォーターで」苦笑いして注文を終え「今日一日歩いてたんだ?」 【葵】「…………三日?」ひのふのと指を折って 【静】「……もっと食べる?」心配してそう聞いてしまう「夜とか、大丈夫だった?」 【葵】「…あんまりいっぱい食べられません」小さく首を左右に振り「…夜はいつも親切な人が泊めてくれるので大丈夫です」ちょこんと座ったまま、ほとんど表情の変わらない顔で静を見つめる 【静】「あのね……あぶないよ……?」なんでこう無防備なんだろう。かえって心配になる「そりゃウィザードだから普通の人には負けないだろうけど、ここはウィザードと魔王と、それに色んな異世界の人たちが集まってるところだからね」頭をなでなでとなでて「何かあったら電話してくれればできる限りのフォローはするからさ」 【葵】「…危なくないです。ジュニアとミセルもいますから」不思議そうに静を見つめ「…魔王?やっつけますか?」むにょんと月衣の中に右手を差し込む 【静】「ここはね。魔王も敵じゃない、不思議なところなんだ。中立地帯っていうのかな。ここでは戦っちゃダメなんだ」それをやんわりとたしなめて「ここは協力して「全世界の敵」を相手にするために集まってる街、だからね」ちょっと違うのだけど、このほうがわかりやすいし、無茶もしないだろう、と 【葵】「…戦っては駄目ですか?全世界の敵?」よくわからないと言った風に静を見つめ「…よくわかりませんけど、わかりました」こくん、と頷く 【静】「そ。共通の強力な敵ができたから今は休戦しよう、手を組めるなら組もう、ってところかな?」あ、きたきた。と料理の到着を告げ「まあ、相手の正体はまだわかってないんだけどね。さ、召し上がれ?」とピザカッターで切り分けていく「これは、なんてピッツァ?」 【葵】「…ピッツァ・マルガリータです」切り分けられるピザを眺め「……冥魔?」かくんと小首を傾げる 【静】「ともちょっとちがうかな?本当に正体不明らしいんだ」ああこれが有名な、とうなづいて一切れ手にし口にする「ん、美味い……それでできたのがAglaos Aegis Against、通称AAAっていう組織。今僕はそこに出向してるんだ」 【葵】「……」聞いているのかいないのか、はむはむとピザをかじり。少しちぎって、小皿の上に置くと、それを黒犬に食べさせる 【静】「ああ、これ」と頼んでおいた味付けのしてない焼いたチキン「これ、ジュニアにね?」 【葵】「…あ、ジュニアもお肉食べません」はむはむとピザを食べる黒犬を眺め「…それは静さんが食べてください」 【静】「あ、そうだったんだ。じゃあ、そうしようか」チキンを突っついて「ん、美味しいね。これ」 【葵】「………あ」不意にぴたっと食べる手を止める 【静】「ん、どうしたの?」それを見て怪訝そうに。コーラで口の中を流す 【葵】「……こほん」ひとつ咳払いをして、両手を胸の前に組み「…本日の糧を得られることを主と小さい人に感謝します、AMEN」もにょもにょと呟き、そして、十字を切る 【静】「あはは。律儀だなあ」笑って「僕も、かな?」それを真似る 【葵】「…ちゃんとしないとママに怒られます」小さく頷き。再びピザをかじりはじめる 【静】「そうだね」苦笑いする。もういないのだけど、それは言わないで置こう「最近はどう?元気?」 【葵】「…はい」短く答え「静さんはお元気ないですか?」 【静】「こっちきて間もないからね。まだ慣れてないかな」周囲を見回す。訪れている客には異種族もいるわけで「早く慣れないとって思うけどね」 【葵】「……」小さな身体でテーブルの上に身を乗り出し、静の頭をなでなでと「…元気、出さないとダメです」 【静】「っ」ちょっと面食らって「あはは、ありがと」素直でストレートな好意がうれしかった「早く食べちゃおう?アンマリ遅くならないうちに送っていくよ」 【葵】「…はい」もきゅもきゅとピザを齧り「…静さんはいい人です。小さいのに」小さくこくん、と 【静】「その、小さいのにってやめない……?」がっくり「葵ちゃんはいいこだよね」うんうん 【葵】「…はい」こくん、とまた頷き「……ご馳走様でした」二切れほど食べててを合わせる 【静】「あれ、そっか。小食だったね」ジュニアもがんばったし、残りはお土産かな?とテイクアウトの手続き「じゃあ、帰ろうか?」 【葵】「…はい」こくんと頷き席を立ち「静さんはお仕事大丈夫ですか?」黒犬を頭の上に載せて 【静】「今日はお休みだからね」頭を撫でて「気にしなくていいよ」 【葵】「…わかりました。では、お言葉に甘えます」こくん、と頷き。そして、てくてくと歩き始める 【静】「ああ、こっちこっち」早速道を訂正して。見あげれば星空で 【葵】「…そっちですか?」振り返り、静につられて空を見上げ「…星は変わりません」こくん、と頷く 【静】「そういえばよく確認してなかったや。ほんとだ。よく気付いたね」頭を撫でて「じゃ、いこうか?」 【葵】「…はい」こくん、と頷き。てくてくと付いていく   こちらに来るのに使ったゲートを使い第八世界へ。そこから車を使い葵の住む教会へとたどり着いたのはもうとっぷりと夜になったころ 【静】「はい、到着。もう大丈夫?」 【葵】「…はい、ありがとうございました」深々と頭を下げ「後は一人で帰れます」こくん、と頷く 【静】「じゃあ、お休み。いい夢をね?」 【葵】「…はい。静さんに主のご加護がありますよう」胸の前で十字を切って、くるっと背中を向けて歩き始める 【静】「ありがとう」ちゃんと中に入るのを確認してからその場をあとにして   【静】「ふぅ、帰ってきた、と」最近の宿であるAAAの宿舎前に到着し背伸びする と、そこには… 【葵】「…はい、わかりました。では、お手伝いします」セレスにぺこりと頭を下げている赤い髪の少女の姿。そして、セレスは軽く手を振るとそのまま宿舎の中へと消えていく 【静】「え、あ、あれ?葵ちゃん!?僕最短でまっすぐ帰ってきたよね!?え、えー!?」時に迷子は時空をもゆがめる、らしい…… そして、葵・S=グレーデン(14)はAAAと共に世界の敵と戦うことになったのでした