某温泉魔王の厄介事を終えて数日。 天笠桜は最近違和感を感じていた。 感じていた、というのは正確ではないかもしれない ほら、いまも 振り返れば電柱の影に…… ――よもや ばれてないとでも思ってるのだろうか (きゅー 【桜】「………えぇと?」微妙に困り笑顔でちょっと振り返り、微妙に漫画汗が出る。自分から出てくる様子は! 【優希】「……」クダンの人物は電柱の影からちらちらとのぞき、そちらに視線をやればさ、っと隠れる。――バレバレだけど。わざわざ黒尽くめのパーカーのフードを被り、さらには安物のサングラス。 【桜】もう一度歩き出し、ふと曲がり角を曲がって優希の視界から一度消えて―― 【優希】「!」見失うと不味い。だからダッシュしてその角を曲がる 【桜】「簡単に引っかかるものですね」優希が曲がり角を曲がろうとした瞬間普通にその場所に巫女服の少女はちょっと困り笑顔で佇んでいた。実に古典的な手段である 【優希】「!?」びくん!心臓が止るほど驚いた。しかしそこで素直に認めるほどこの娘、素直にできてはいなかった。「な、なんのこと?」そのまま何食わぬ顔を無理やり作り通り過ぎようとする。さも『グウゼンデスヨ?』といわんばかりに 【桜】「偶然、ですか。それでしたらどうせですからちょっとお話ししませんか?」素直じゃない優希に小さく微笑みかけて、すぐそこにあった腰掛けるためにある場所を指差して 【優希】「うぐ……っ」ばれてる。間違いなくばれてる……くそう、相手が一枚上手だった……「ぐ、偶然だし仕方ないよね」それでも矛の収めどころはないわけで、棒読みで続けた 【桜】「はい」仕方ないですね。と微笑みながら腰掛けて「優希さん、何か聞きたいことでもありますか?」優しげに問いかける 【優希】「……」だらだら、と嫌な汗が流れる。やっぱり、バレてる……深呼吸。すーはーすーはー……よし覚悟は決まった「ねぇ」おもむろにラプソディを影の中から呼び出した。ずぅん、と大きなそれが桜を見下ろす 【桜】「はい?」ラプソディを見ても特に何か警戒するわけでもなく、小さく首を傾げるだけ。優希が何を聞こうとしているかを待って 【優希】「う……」なんだろう、この独特のテンポ、やりにくい……「『これ』ってなんなの?」 【桜】「“コレ”というのは“その子(?)”の事――ですか?」ラプソディを見上げて 【優希】「桜にもいるだろ?」 【桜】「“菊理媛神”の事ですね」小さく頷き「これが何なのかって言われると、とりあえずは“メディウム”そう呼ばれています」 【優希】「めでぃうむ?」自分の背後の相棒を見上げる「何それ」 【桜】「“その子達”の総称です。第八世界のウィザードの間での」自身の胸元に手を沿え、優しげな口調のまま説明し「自分自身から生み出される自分自身の影――それが“メディウム”です」 【優希】「自分自身の、影?」パッチワークのぬいぐるみのようなそれを見あげ「コレが?ボクの?」 【桜】「はい」小さく頷き「そして、“メディウム”を介し世界の記憶を現実に同調し力として行使する事ができる。それが“同調者”と呼ばれる私達の力です」 【優希】「ちょ、まったストップ」コメカミを込みながら「何その【世界の記憶を現実に同調し力として行使】って。これ、あれ、召喚モンスターみたいなもんじゃないの?」 【桜】「似たようなモノだとは思いますけど、違いますね」のほほんとしながら「自分自身の中に眠るもう一人の自分――それを呼び出す“力”というのが基本的な見解なんです」 【優希】「……えっと、どういうこと?」 【桜】「えーっとですね。つまりはその子…ラプソディでしたか。その子も優希さんの一部だという事です」と、此処で一拍置いて「同調者は人によって力の性質が違います。おそらく、自分自身の中に眠る“本質の一つ”を振るってるんだと思います」 【優希】「本質の一部……?」見あげる。ラプソディはなにも語らない「このコさ、名前…【狂ウ想イノ詩】っていうんだよね……」そしてちょっと考える「ああ、そういうことか」何かに思い当たり、ふ、と口元に笑みを浮かべる 【桜】「どうかしましたか?」 【優希】「このコさ。ボクがこっちにきた原因なんだよね。ボクのお父さんとお母さんが殺されたときに産まれたんだ。だから……この名前、言い得て妙だなってさ?」 【桜】「……」少し目を丸くするも、すぐに穏やかな表情に戻り。優希の頭をそっと優しく撫でる 【優希】「ぅわ!?ちょ、いきなり何さ!?」 【桜】「いえ、つい…優希さんは優しい子なんだな。って思いまして」悪びれた様子もなく微笑んで 【優希】「優しいって何さいきなり」膨れる……なんだろうこのひと。すごく、やりにくい 【桜】「そのままの意味ですよ?……でも、優希さん一つだけ注意してください」微笑みながらもどこか真面目な声音で「“メディウム”はあくまで自身の本質の一つです……ただ、それに引っ張られすぎないでください」 【優希】「ボクが優しいとかどうかしてるよ、まったく」そわそわとおちつかず、フードを深く被る「……本質のひとつに引っ張られすぎるな……?どういうこと?」 【桜】「“力”を行使する際…負の感情を持って力を振るう事になれていけば。徐々に…自分自身も気がつかないうちに心がそちら側に引っ張られていくんです…争いに慣れていく自分。他者を傷つけることに慣れていく自分…常に自分自身を保たなければ何時かは取り返しのつかない事になる…ということです」 【優希】「別にいいじゃん。ボクは仇取れればそれでいいもの」 【桜】そんな優希の言葉に…徐にデコピンが軽くぺち、と 【優希】「あいた!?」 【桜】「敵討ちをしてはいけません…なんて事を言うつもりはありません。ですが、優希さん――貴女は仇が討てればその仇と同じ存在になっても構わないですか?」真っ直ぐに優希を見据えて 【優希】「同じ存在?……あぁ、ヒトゴロシってこと?いいんじゃない?それで」自嘲気味に、でも、目の前の桜に何奇麗事いってんの?という視線で 【桜】「優希さん自身が――優希さんと同じ存在を生み出すことになったとしても?」 【優希】「何?桜、アイツのことしってんの?」唐突に殺気をこめた視線で睨む「同じ存在を生み出さないために敵討ちは止めろって?」 【桜】「いえ、優希さんの仇の事は私は知りません。ですが――冥魔、そして一部の侵魔は人間の“負”にたやすく入り込みます」殺意にも動じず言葉を続けて「そうして人を操り他者を殺し何の関係もない人間を疑問も持たずに殺させる者も居る……敵討ちを止めてとは私には言えません――ですが、自分自身を蔑ろにするのだけは止めてください」 【優希】「なんだよ綺麗事ばっかり!じゃあどうしろっていうのさ!蔑ろ?上等じゃん。言ったろ?ボクの、メディウム……ううん、【ボクの一部】の名は【狂ウ想イノ詩】さ。そう、つまりイってんだろ?ボクって」 【桜】「わかりました。そこまで言うのでしたら…」優希の好きにさせよう。綺麗事、いや違う。ただの事実なのだ――ただ、優希から見れば“綺麗事”なのだろう――「【狂う想いの詩】……優希さんはどの想いに狂ってるんでしょうね…」復讐?なら何のための復讐?殺された両親の仇だから?なら、何故両親が殺されると復讐に?悲しみ?怒り?。誰にともなく小さく呟く 【優希】「どの想いに……?」何いってんの?とその顔を見る 【桜】「少し、考えてみてもいいと思いますよ優希さん。確かに私は“メディウム”は本質の一つだと言いました。ですが……【狂う想いの詩】……想いが無ければそもそも狂うことはできないんです――」なんの想いゆえか。それがわかればきっと見方が変わってくるであろう事で 【優希】「想いがなければ?」 【桜】「優希さんは興味の無いモノを見ると、無視したりはしませんか普通」 【優希】「そりゃあね。興味なけりゃ見ないよ」 【桜】「興味がないモノの為に“狂えますか”?」 【優希】「そりゃ、できない、かな?」 【桜】「ですよね?」同意を求めながら一拍置いて「ラプソディが何の“想いに狂った”事で現れたのか。考えてあげてください――私から今言えるのはそこまでです」小さく優しげに微笑んで 【優希】「なんだよ、それ。わけわかんない」桜のペースに飲まれたのか、気付けばとげとげしさがきえて、膨れている 【桜】「今すぐ答えを出す必要はありませんよ。ゆっくりと、ね?」そう言い撫でて 【優希】「……子ども扱いしてんだろ」むー、と膨れる 【桜】「お姉さんですから」巫女服の袖で口元を隠しクス、と笑みをむけ 【優希】「……」お姉さん、という言葉にずきり、と胸の奥が痛んで、思わず胸に手を置く 【桜】「それと、最後に一つ忘れないでください」ふわり、と優しく優希を抱くように包み込んで「優希さんは、“一人”じゃないって事を」 【優希】「ぅわ、ちょ、何!?」そういうのになれてなくて思わず、離れようとその胸を押す 【桜】「あ、すいません。イヤでしたか?」ふにゅ、と優希の手は柔らかいのを押すわけだが。押しのけられはせずただ問いかけて 【優希】「そ、そーゆー馴れ合いみたいなの好きじゃないんだ!」気恥ずかしさに顔を赤くしながらわめき「……っくしゅっ」急にくしゃみをした 【桜】「あら…?」くしゃみをしたのを見て「風邪ですか?」 【優希】「ん、あれ?」思えば最初のときからちょっと顔が赤かった気がする「ちょ、ふわふわする……?」 【桜】「風邪ですね恐らく。部屋に戻りましょうか、酷くなったら後々辛いですし」立ち上がり優希に手を差し伸べて 【優希】「ん、ぅん」意識し始めたら急に熱が上がってきたのか、ふらふらと歩く 【桜】「……」うーん、と考えてなんだかあぶなっかしいなぁ。そう思えば優希を徐にひょい、と背負い「部屋まで送りますね」 【優希】「ぅわ、ちょ、あるけるってばぁ」 【桜】「ダメです。ふらふらしてて危ないですし、ね?」そう優しく諭せば歩き出し 【優希】「ちょ、だ、だからはずかし、はう」反論してるうちに立ちくらみ そうして、同じようなやりとりを何度かしながら帰路へと立ち部屋へと送っていく 結局そのまま押し切られるままに部屋へと運ばれ、ベッドの柔らかい布団に埋もれるころには意識を手放し 殺風景な部屋は来客をもてなす用意もない 【優希】「……お姉」うわ言でそう、かすかに呟く 呟きには静かに優希の手を優しく包み込んで応えた