レディオン。 幼竜。 彼女(?)――は優に十メートルはあった。 それだけの質量がどうしてこんな子供の身体に収まっている? いや、縮んだとしても密度が変わったに過ぎないのなら重さは変わらないはずである。 だが……彼女は見かけに相応の重さしかない。 これを実現するためには体長十メートルの大きさの生物を人間の子供大にまで圧縮し、 しかも見かけを変えて、さらに重さまで誤魔化さねばならないのだ。 「……いやそれだけじゃあ駄目だ」 触感も変えなければならないだろう。 内臓や血管、脳、神経、細胞――数え上げればきりが無いほどの人間の身体の構造を精密に再現しなければこうはいかない。 でなければ立つことさえままならないはずだ。 そこまでを精密に再現しなくてはならないが、そんな知識を竜のレディオンが持っているはずもないから、 大体は”魔法”が自動で、ということになってしまう。 「まぁ訳がわからないから”魔法”って言うんだろうけど……」 地べたでは寝苦しいだろうと、壁にもたれて抱きかかえていたレディオンを見下ろす。 こうして寝顔だけ見れは、ただの可愛い女の子にしか見えない。 あの偉そうな口の聞きようも、ただ可笑しいだけだ。 だが彼女はまぎれもなくドラゴンなのだ。 ずらりと並んだ牙と鋭い爪を持ち、全てを燃やし尽くす炎を吐き、 爬虫類の瞳で獲物を睨みつけ、全ての生き物を恐怖に凍らせる咆哮を放つ――ドラゴンなのだ。 いかに人間が視覚に頼る生き物かということのいい見本だ、と祐一は思った。 『……時々忘れそうになるから怖い』 ――ったく、本当に。時々忘れそうになるよ、お前が竜だってこと…………、 「……祐一」 祐一ははっとして顔を上げた。 慌ててあたりをきょろきょろと見渡す。 誰もいない。 「……?」 「……祐一…………すー……」 今度は聞き取れた。 すぐ近く、自分の胸から――レディオンだった。 「なんだ寝言か……」 祐一は思わず手を伸ばして、レディオンの髪を撫でた。 さらさらと流れるような心地いい手触りだった。これが偽者とはまったく信じられない。 ――本当に変わっているのかもな……? ふと興味が湧いた。いったい魔法とはどこまで再現できているのか。 まずレディオンの手をとって、じっくりと観察してみた。 すべすべと滑らかな感触で、まぁ幼い少女の手などそう握った覚えもないが特に違和感はない。 異様に冷たいわけでもなく、体温が高いわけでもない。 自分の手と比べてみても、爪の並びや骨のつきようもごく自然でおかしなところはない。 関節が長かったり短かったりすることもないし、その数も変わらない。 ひっくり返すと、指紋や掌紋もなんら変わらずに存在している。 「うーむ、侮りがたし古代語魔法……ここまで来ると魔法使いの執念を感じるぞ?」 ここはひとつその執念のほどをチェックしてみることにした。 足からはじまって背中、首筋、頬。 耳の裏から髪の生え際、瞳の形から歯並びまでもを入念に観察する。 が、見事に異常ない。 「むむむ……」 こうなると意地でも異常を見つけてみたい。祐一は観察を続けた。 さわさわ……腹部に手を当てて撫でてみる。 やはり特に違和感はない。 ふにふに……胸部に手を当てて撫でてみる。 やはり特に違和感はない。 ふにふに、ふにふに、ふにふに……。 「…………………………………………」 「う〜む、触わり心地もリアルだよな」 ふにふに、ふにふに、ふにふに……。 「…………………………………………」 「いったいどういう仕組みなんだか……」 祐一は首をかしげて嘆息した――と。 「…………………………………………」 「…………………………………………」 レディオンと視線があった。 相変わらず感情の読み取れないレディオンの瞳と、 ひたすらに慌てまくっている祐一の瞳が交錯する。 「…………………………………………」 「…………………………目が覚めたか?」 とりあえず聞いてみる。 レディオンはこっくりうなずいて、ちょんちょんと自分の胸に当てられた祐一の手をつついた。 どけろ、といいたいらしい。 祐一はそろそろと手をどけた。 「………………」 始終無言で、祐一の肩に手をついて立ち上がる。 祐一は冷や汗をだらだらと流しながら、慌てて言い訳めいたことを口走った。 「あ、あのな、これは決してやらしい意味合いじゃあなくって純粋に学術的興味でだな……」 「………………」 「そう、ちょっとした好奇心てヤツでお前のからだが気になってだな……」 …………ってなに口走ってんだ俺は!? まるっきり変質者の台詞だろーが!? 「…………ふむ」 レディオンがぱちぱちと目を瞬かせ、ついで祐一を見やった。 いよいよ祐一は、顔面蒼白で蛇に睨まれた蛙のように身をすくませる。 「なかなか気分がいいな。頭部にあれだけの衝撃がきたわりには」 レディオンがかすかに微笑い、祐一を見た。 「……………………へ?」 きょとん、とした顔つきで祐一はレディオンを見返した。 「祐一は治療師の心得でもあったか? まぁ少しばかりは痛むが」 「いや……あはは……別にその……ただ頭撫でてただけだって……」 心の隅でほっとため息をつきながら、祐一はぎこちなく微笑んだ。 「ほう? そうか。ではもっと撫でてくれ」 レディオンは笑みを消すと、抱きかかえられていた時のように、祐一にからだを預けてみせた。 祐一の足の間に割って入り、背中を祐一の胸板にくっつけ、だらんと手足を投げ出す。 「え……?」 「撫でて欲しい。祐一に撫でられるのは気持ちがいい」 ほれ撫でろ、とばかりにレディオンが髪を揺らして頭を近づける。 「あ、あぁ、わかったよ。撫でればいいんだな?」 祐一はレディオンの頭に手を伸ばし、撫ではじめた。 なでなで、なでなで、なでなで、なでなで、なでなで……、 なでなで、なでなで、なでなで、なでなで、なでなで…………、 なでなで、なでなで、なでなで、なでなで、なでなで………………、 なでなで、なでなで、なでなで、なでなで、なでなで……………………。