凛と冴え凍る夜の世界。 天上には、冴え冴えと玲瓏な輝きを地に降らす、満ち足りたる真円を描く月。 冷厳にして静謐な闇の時間、息づく生命が、眠りの安らぎに包まれる刻限。 天蓋を覆い尽くす星星の煌きと、優美な月光に抱かれ、一瞬の時間さえ緩やかに流れていくような、そんな平穏があり。 普段はそこそこの喧騒にある、スリーエースのギルドハウスもまた、今は静かな眠りの淵。 ――しかし、そんな夜の世界で、今尚静かに、夜の空を眺める者が一人。 虫の音と、そよぐ風に吹かれて奏でられる緑の旋律の中。黒髪の少女はゆっくりと、手にした杯を傾ける。 今宵は満月、中庭で、月を見ながら飲む酒の、何と美味な事か――感歎を示すように、ほぅ、と吐かれる息は白く。 夜半を過ぎる頃になって、尚。彼女は一人、もの言う事もなく杯を傾ける。 たった一人の酒宴の席、それは、何時まで続けられるのだろうか―――     【 リンネ 】「――っく、ふぅ〜〜…っ」呷った酒精が、ひやりと喉を滑り落ち、腹の内を熱く煽る。熱の篭った吐息は白く、冷え込む夜気を示して。しかし、そんな寒さすら楽しむように、もう一献、と杯を重ねて。       「一人っきりの月見酒も、オツなものだわねぇー…」く、と笑いながら、ころりと寝転がり。 【シルフィ】「…あら?」 起き出してしまったところに、人の気配に気付いたのか…扉が開く。姿を見せたのは金髪の少女。少し厚手の私服にストールを羽織り…       「こんばんわ、リンネさん。リンネさんも眠れなかったのですか?」 と、傍へ歩み寄りながら声をかける。 【 リンネ 】「んー?……あら、シルフィじゃない」寝転がったまま、首だけを声のした方へ向ける。視界に映った少女に、軽く片手を挙げながら、声を返し。       「いやー、あたしは月見酒と洒落込もうと思ってねー。飲めば身体もあったか、次第に眠気もやってくる、って寸法よ」けらり、と笑いつつ。手にした徳利を軽く振ってみせて。 【シルフィ】「そうでしたか。こんな時間に外にいると寒いのではと思ったのですが…杞憂でしたね。お隣、よろしいでしょうか?」リンネの傍へ歩み寄ってから、声をかける。彼女らしい答えだな、と思いながら 【 リンネ 】「勿論。一人酒もそれはそれで味があるけど、一人よりは二人、ってね? はい」気にするな、と手を振る代わりに。振袖から、手品の如くお猪口を取り出し、シルフィに差し出す。       「ぐいぐい飲め!っとは言わないけど、舐めるくらいはできるでしょ?ま、身体を暖めると思って」軽く上体を起こしながら、ふふ、と面白そうな表情を浮かべる。 【シルフィ】「…お酒、ですか?」草を払い、隣へ座りつつ…少し困った表情を浮かべ「私、飲んだことはなくて…うーん。それじゃ、少しだけ頂きます――」お猪口を受け取り、注がれているお酒を見… 【 リンネ 】「へぇ、それじゃこれが記念すべき初めての飲酒、ってワケねー。こっちじゃ手に入り辛い純米大吟醸、確り味わうと良いわよー?」生気の薄い白磁の肌を、うっすらと酒気を帯びる朱に染めながら、結構な上機嫌でシルフィに渡したお猪口に、酒を注ぎいれ。自らの朱杯にも注ぎ、くい、と呷ってみせる。 【シルフィ】「純米大吟醸…? ええと…」聞きなれない単語に首を傾げつつも、ちろりと舌でお猪口に注がれたお酒を舐める。       「…舌が少しピリッとしますね。それに、苦いです――」少しだけ嫌そうな顔をするも、これがお酒の味なんだなと思って。 【 リンネ 】「お米をたーっぷり使って作った、ゼイタクなお酒、って考えればいいわー……っく、はふぅ〜〜…あー、五臓六腑に染みわたるわー」酒気と熱の篭った吐息を零し、シルフィの感想にけら、と笑顔を浮かべながら。       「あー、まぁ飲みなれないと最初はそんなモンかもねー。 とはいえ、酒は人生の友、飲めるようになっといて損はないわよー?」 【シルフィ】「そうなんですか…あまりこういうものと縁があったわけではないですし――贅沢なお酒、ですか。東方での…でしょうか?」ちびちびと、舌で舐めるように飲みつつ。 【 リンネ 】「そ、東方で主に飲まれてるお酒ねー。こっちじゃ麦のお酒やらワインやらが普及してるし、東方は閉鎖的だから、尚の事手に入れづらいのよねぇ――って言っても、あたし自身、東方の事はあんまり詳しくないんだけどねー」       シルフィとは対照的に、朱杯の酒をぐい、と一息に呷っては注ぎ入れて。 【シルフィ】「…そうですね、ワインが一般的でしょうか――? それでも、私は飲んだことがありませんけど…」苦笑を浮かべつつ、お猪口に入った酒を減らしていく。少しずつ慣れてきたのか、お猪口に唇をつけて。 【 リンネ 】「お酒の類とはまるっきり無縁だった、って訳ねー。ま、だったら貴重な体験をしたと思っておくといいわ」米酒とワインは全然違うけど。と零し。空になった自らの杯に、酒を注ぎ。そこに揺らめき映る、天の月を瞳を細めて見つめ。 【シルフィ】「そうですか…? 家でお酒は……飲んだことはありませんね。両親が飲んではいましたが――」同じ様に空を見上げ…僅かに残ったお酒を飲み干す。「はふ…リンネさんの言うとおり、少し身体が温かくなったような…気がします」 【 リンネ 】「両親、ねー……シルフィには両親がいるのね。良き哉良き哉」けらけら、と笑い、朱杯を天高くに掲げ、それを一息に呷り。そこに映る月すら、呑みこもうとするかのように。       「ふふ、あたしはいざという時の為、お酒を常備してたりするのよねーコレが。何時何時役に立つかも分からない、ってね」ポーションに混ぜても意外と効くのよコレが、なんて言いながら。 【シルフィ】「父親とは少し、道の相違から…半ば家出ですけど。常備ですか――ポーションに混ぜても…? お酒は百薬…でしたっけ」首を傾げながら、記憶の中にある知識を引っ張り出す 【 リンネ 】「ふぅーん。まー、父親なんて所詮血の繋がってるだけの赤の他人なんだし、気にする事もないでしょ。己は己の道を往く、ってね」特に感慨もなくそう口にして、再び寝転がり、月と星空を眺めて。       「酒は百薬の長、って言うわね、確かに。ま、何事も過ぎれば毒、だけどねー」 【シルフィ】「そう割り切るわけにもいかないんですよね――家って言うのもありますし…」はぁ、と息を吐く。その吐息は白く長く…天へと消えて。「過ぎれば毒って言うのは…どんなことも変わりませんね」こくりとその言葉に頷いて 【 リンネ 】「家、ねー。まあ、人によっては色々めんどくさいしがらみってのはあるものかー。いやはや大変だ事」寝転がったまま、酒をぐい、と呷り。空になった徳利を手から離す。もうどれ程呑んだのだろうか、脇には既に数本の徳利が転がっていて。       「何事も程々が一番、ってとこね。 さて、まー折角こうして一緒してるんだし、今宵はなんでも質問に答えてあげるわよー? あたしが知ってる事限定で」くつくつ、と喉奥で笑いながら、んー、と大きく伸びを一つ。 【シルフィ】「そうですね…特にこれといった質問っていうのはないんですが――お身体のほうは大丈夫ですか? 偶に辛そうにしているのをお見かけするので…」リンネの方へ身体を向け、首を傾げる。 【 リンネ 】「んー……身体、ねー。病魔と遭遇すると、あたしの裡で時折鬱陶しいのが疼いて蠢くくらいで、後はどーってこともないわねー。 まあ、もっと残りの命が削れていくと、何か症状でもあるかもだけど、今のところはわかんないしー?」       くきり、と首を傾げつつ。ひらひらと手を揺らしながら、問いに答える。 【シルフィ】「そうですか――流石にそういうのでは、私の力でどうにかできるものでもないですね…」少しだけ気落ちした表情を見せる。ふ、と思いついて。       「リンネさんこそ、私に質問ってないんですか? 一方的に聞くのは不公平だと思いますけど」 【 リンネ 】「ま、そりゃねー。大昔から一族の人間が、ありとあらゆる手段を尽くしても治せなかったシロモノだからねー。病魔だけに、魔器があれば何とかなるかも? なーんてね」けらけらと、まるで他人事のように笑いながら。       「んーむ、そーねー……なんだってシルフィは、親元離れて冒険者しようと思った訳ー? 言動見る限り、結構裕福そうにみえるんだけど」 【シルフィ】「そう、ですね……私の両親も聖職者で――ラインでも、貴族の地位には居るんですよ、私の家…。で、私も当然のように神殿へ勤めていました。それでも…私が求めたものと、そこでやっていたことは違ったから…でしょうか? 上手くいえないんですけど…」       空を見上げながら、小さく呟くように。 【 リンネ 】「ほへー、貴族ねー。文字通りのお嬢様だったって訳ね。 ま、理想と現実の差なんてのは、どこでもあることじゃないかしらねー。でも、それを許容できなくて、ってとこかしら……なんとも、生真面目だわねー」       ふーん、と頷きつつ。シルフィのお猪口に、また一献、と酒を注ぎ。 【シルフィ】「…とは言っても、母親は冒険者からの神官なので――お母さんは冒険者になることを応援してくれては居るんですよね――文字通り、って言うほどでもないですけど。生真面目、ですか?」注がれたお酒を見…唇をつけて飲んでいく。 【 リンネ 】「あら、そうなんだ。つまり、反対…っていうか、意見の相違をみてるのは父親のみ、と。 んー、ま、飛び出した以上、後は行動で示してやればいいんじゃない?自分の進んだ道は間違ってない、ってね。カンタンじゃないでしょうけど」       シルフィの背をぱしぱし、と軽く叩きつつ。「融通が利かない、って意味の生真面目って訳じゃないけど。こー、割と理想と現実の狭間でゆらゆらしそうなタイプ?みたいな」 【シルフィ】「…ん…確かにその通りですね――理想と現実での間で…揺らいでることはあります」背中を叩かれつつも、考える。そういうことは確かに多かったな…と。 【 リンネ 】「やっぱりねー。そういう所も、らしい、って言えばらしいんでしょうけど。 まあ、いいんじゃない?散々揺らいで迷って、そうやって手にした答えは少なくとも、それ以上揺らぐ事も迷う事もないだろうし。何事もすぱーっと竹を割ったみたいにスッキリ答えが出るわけでも出せる訳でもないんだしねー。ま、あたしは別として、ってトコだけど」       幾度目かの酒を呷り。酒精が齎す熱で、身の内を熱く焦しながら。ひやりと冷たい夜気を孕んだ風を、心地良く身体で受け止めて。 【シルフィ】「そうですかね――私は…私の夢のために頑張ろう…っていうことでしょうか。ん…」お猪口に残ったお酒を一息に飲んで 【 リンネ 】「そーいう事。なかなか叶わないから夢っていう訳だけど、叶えようと手を伸ばす事は無意味じゃない。むしろ、そうやって手を伸ばす事自体が一番大事な事だと思うわよー…お、いい呑みっぷりねー。実は割とイケる口なんじゃない?」       僅かずつではあるが、酒精を呷る姿に、ほほーう、と瞳を輝かせて 【シルフィ】「…手を伸ばすことを諦めなければ、届かなくても少しずつ近づいてはいけますね。きっと……なんだか、身体がふわっとしてきてるのは…お酒の影響でしょうか――」ほんのりと頬に赤みが刺し、瞳も心なしか蕩けているような。 【 リンネ 】「0と、そうでない数値の間にどれだけの差があるか知ってる?それは、努力次第で幾らでも広がる――つまりは、諦めない事が肝心、って訳」シルフィのおでこを、つん、と突付き。けらりと陽気に笑う。       「あー、それは酔いかけてるのよ、うん。とりあえずなかなか色っぽい姿よねー。写真とったらファンクラブにたかーく売れそうだわ」くつくつと笑みを噛み殺しつつ、その頭をぽんぽんと撫でて。 【シルフィ】「ええ、そうですね…まだいくらでも頑張りようはありますもの――きゃ、何するんです、かっ」急におでこをつつかれ、非難めいた声を上げる。もう一言返そうと思い…次の言葉に頬を膨らませる。       「ファンクラブって…そんなの出来て欲しくはないですー」撫でられることに抵抗はせず 【 リンネ 】「出来て欲しくもないも何も、もうとっくに出来てるじゃない。アイドルコンテストで優勝した姿に、全エリンディルが震撼したのよ? これはもう、癒し系アイドルとして大々的に売り出すしかないわねー? 実際、癒せるんだから間違いじゃないし」       うんうん、と頷きながら、シルフィを軽く抱き寄せ、ぎゅ、とハグして。 【シルフィ】「全エリンディルが震撼って……そもそも、あれってアイドルコンテスト…でしたっけ」酔いのせいか、いまいち記憶が思い出せない。うーんと悩みつつ…抱き寄せられて。       「きゃ、っ。癒し系って…確かに癒し手ではありますけど――何か違うような」 【 リンネ 】「違ったっけ? なんかやたら月奈がノリノリでメンバーに言って回ってたから見に行ってたんだけど。まあ、アイドル誕生!って事に変わりないんだし、いーじゃない。 一応、慕われてるって事よ? まあ、時折色々と方向性の違った慕い方してくるのもいるけど?」       抱き寄せ、その髪を梳く様に撫でながら。「癒し手で癒し系、もう向かうところ隙も敵も無し、ってカンジね、うん。後はこう、ツンデレ系と元気系でユニットでも組むともう無敵?」       色々と好き勝手な事を言いつつ。凍えるように冷え込む夜気からシルフィを守るかのように、抱きしめて。 【シルフィ】「…確か、冒険者の中から選ぶとかそういった記憶が――月奈さん、そんなことしてたんですかっ…」はぁ、と息を吐いて――少し擽ったそうに身を捩る。       「隙も敵も、って……元々そういうつもりで参加したわけじゃないんですよ? 聞いてますか、リンネさん――」非難めいた、それでもどこか楽しそうな声色で…リンネの手に自分の手を重ね 【 リンネ 】「まーまー、ただでさえ息の詰まるような事ばっかりだったんだし、偶にはああいう娯楽的な依頼があってもいいじゃない。 少なくとも、見てる方はそれはもう面白かったわよー?」にまにまと意地悪く笑いながら、このこのー、とシルフィの頬を軽くつつき。       「ほら、事前と事後で目的が変わるなんてよくある事よ、多分。これはもう、天からの啓示だと思ってアイドル道を邁進しろって事なのよ、きっと。歌って踊れる神の癒し手。何かいいじゃない?」       からからと朗らかに笑いながら。体温がないような、冷たく白い手を重ね合わせ。 【シルフィ】「…そうですね、確かに――やってるほうは恥ずかしいやら頑張らなきゃとかで色々必死だったんですよ…? 天からの啓示、ですか…アイドル道ってそんな――」眉根を下げ、困った表情を浮かべて。       「それでも…少しでもそれで、誰かを護れるなら。です」その手に自らの温もりを伝えるように、優しく重ね合わせ返し 【 リンネ 】「でしょうねー、だから見てる方は面白かったんだけどねー。悲惨な悲劇を見て笑う趣味はないけど、悲惨な喜劇だったら遠慮なく大笑いするしね、あたしは」いやーなかなかいい腹筋運動になったわ、などと言いながら。       「まあ、護りたいって気持ちがいつまでもあるなら、どんな形であれ守ることは出来るんじゃない?」ひやりとした手を包み込む、命の煌きを感じさせるその温もりに。ふ、と瞳を細めて 【シルフィ】「…ええ、頑張ります。私が出来ることを、精一杯――そのために、私のこの力はあるんです」目を閉じ、リンネの手を自らの胸元へと運び…祈る。「私だけでなく…リンネさんの進む道にも…光がありますよう――」       それは小さな祈り。とても小さな、希望の祈り。 【 リンネ 】「んー、まあ祈ってもらえるのは嬉しいけど、あと2年か、或いは1年も生きられないからねー。ま、その分他の人に祈ってあげた方が建設的ってものよー?   例えばウェンとか……あれは傍から見ていて少し気の毒になる扱いだし」       気持ちは受け取っておくけど、と。その胸を、握り拳でとん、と軽く押して。 【シルフィ】「例え生きられる時間が短くても…それが後悔のないものであるように――です。ウェンさんは…手当てをすることが多いですけど、よく無事でって言う感じが多いですから…」ふわりと笑顔を見せて、リンネに返す 【 リンネ 】「あらん、そう言われたのは初めてかしらねー。 ま、あたしは後悔したくないから監禁されてるのを逃げ出してきた訳だし、言われるまでもない、ってやつだわね、うん。まあ、ウェンは目減りしない男と評判だから。そのせいで月奈からも体よくパシらされてるみたいだけど。よく弟子なんて続けてるわホント」       しみじみと呟きながら、でも目減りしなくなったらウェンじゃないし、と呟きつつ。 【シルフィ】「そう、ですね――ウェンさんは本当に頑張ってますよ、いつも」くすくすと笑い 【シルフィ】「もう夜も遅いですし…そろそろ戻りませんか? これ以上は流石に…寒くなってきましたし」立ち上がり、数歩歩いてからパタパタとついた草を払う 【 リンネ 】「んー、あたしはもうちょっと、ここで呑んでるわよー。ま、風邪引いたり、明日二日酔いになったりしないようにねー」ひらり、と軽く手を振りながら。くい、と徳利から直接、酒を呑み。 【シルフィ】「はい、判ってます――それでは、お休みなさいませ」笑顔でそれを受け止め…整った仕草で礼をして、ギルドハウスの中へと戻っていく。 【 リンネ 】「おやすみー……ってね。さて――」小さくシルフィに手を振り。その姿を見送った後。天を仰ぐ。天の高みにて、煌煌と穏やかに輝く真円の月。今まで変わる事も無く、そしてこれからも変わらないであろう在り続けるだろうそれを瞳に映しながら       「――その言葉は嬉しいんだけどね。アンタに――あたしの何が分かるってのよ」ぽつり、と。呟いた言葉は。静かに闇へと溶け消えて。   夜の闇を彩る、天上の輝き。それは何時もと変わる事は無く、ただただそこで瞬き続ける。 そんな空を見つめながら、また一人、酒精を呷る。 ――彼女の言葉は、純然とした善意、それは分かる、分かっている。 しかし……何故か、その言葉は。どうしようもなく癪に障った。 何故かは、自分でもわからない。あの程度、いつもならば気にする事もなく受け流しているというのに。 少し、酒を呑みすぎたのだろうか……答えのない問答が、裡に蟠る前に。残っていた酒を、ぐいと飲み干し、立ち上がる。 ――大地を睥睨する月は、物言わずただ、見つめ続ける。 数多の人の生き様を見、そして死を見てきたその存在。その光が照らす先に見えるものは、一体何なのだろう 月光の降り注ぐ中庭を背に、なんとなく浮かんだ疑問。それを胸に仕舞いながら。 後手に、そっと。ドアを、閉ざした―――