天高く昇り、燦々と陽射しを降り注がせた太陽も、既に遠く地の果てへと沈み。 今は、薄い夜闇を幾つもの星が瞬き始め。穏やかに輝く月が、緩やかに夜の訪れを告げる。 ――ベースキャンプに住まう冒険者達には、それが主に夕食時を告げる合図となる。 各々が、思い思いに夕食を済ませ。そして、その後、寝るまでの間に、入浴を済ませたり、書を読み耽ったり、音楽を奏でたり、はてまた密かに訓練に精を出す者もいる。 さて、ここにも一人、夕食を済ませ腹八分目に満足した少年が一人。部屋に戻ってのんびりしようと、廊下を歩いている訳なのだが―――    【アベル】「ふぅ、食った食った。これだけの所帯で十分な食事が食べられるってのは、なかなか恵まれた環境だな」夕食を終え、満足げな表情。孤島にありながらこれだけ美味い食事が食べられるのだから、並々ならぬ努力があったのだろうなと。そんな事を考えながら、部屋へと続く廊下を歩く。       未だ食事をする者が多いのだろうか、廊下は閑散として人気は殆どなく。一人歩く靴音だけが響いている。       ガチャ、とドアを開け、自室から顔を出せば、目に入る少年の大きな背中。あ、と小さく声を上げ。 【リネット】「あ、アベル。ちょうどよかったわ。探しに行こうと思ってた所よ。ちょっとこっちに来て」と自室から顔を出した格好でちょいちょいと手招きをする  【アベル】「――この声は……」声を掛けられ、さらにその聞き覚えのある――ここ最近で嫌というほど聞きなれたせいだが――声に、ぴた、と立ち止まり。恐る恐る肩越しに後ろを振り返れば、見知った少女の顔「……やっぱリネットか……夕食後のささやかな一時くらい、そっとしといてもらいたいんだけどな…」       思わず溜息が出てしまう。先日のお茶会を皮切りに、何かと声を掛けられ、それに律儀に返答するうち、会話程度ならとりあえず支障ない程度には慣れたらしい。 【リネット】「そっとしてるでしょ?寝てる時とか」ため息をつく様子に、少し、むっと眉を寄せ「いいから、来なさい。可愛い女の子のお誘いは断らないのが男の義務よ?」部屋の中から少し乱暴に手招きをする  【アベル】「当たり前だろう…寝てる時まで押しかけられたら溜まったもんじゃないぞ」やれやれ、と言いたげ首を横に振り「自分で可愛いとか言うか普通……ああ、分かった分かった」結局根負けして、手招きするリネットの元へと歩み寄る。無論、扉の奥へ引っ込んで距離を開けろと合図するのは忘れずに。 【リネット】「何よ…」ドアを開けたまま、少し不機嫌そうに部屋の中へと引っ込み「…器量良しって言ったのはアンタじゃない」ぶつぶつと言いながら、アベルが座れるよう椅子を用意する  【アベル】「あー、と。まあお邪魔するぞ…」扉に入る前、一応形式的にだが一言告げて。室内に足を踏み入れ「ん、何か言ったか?」はじめて入る女性の部屋に、若干身を硬くしながら。リネットの呟きに、首を傾げて。       しっかりと整理整頓された部屋に、壁際にベッドがひとつと書き物用の机がひとつ。椅子をひとつベッドに向けて設置し、自分はベッドへと腰を下ろし 【リネット】「別に!」半ば怒鳴り、部屋へ入ってきたアベルへと視線を向け「とりあえず、そこに座って」椅子を右手で示し、少し頬を膨らませる。どことなく?不機嫌な様子を醸し出しつつ  【アベル】「なんでまた急に不機嫌になってるんだお前……良く分からんヤツだな」突然急転直下並に機嫌の悪くなった相手に、ますます首を傾げながら。とりあえず示された椅子に腰を下ろして「さて…で、今回は一体どんな用なんだ?また、特訓とか称して妙な事考えてるんじゃないだろうな?」 【リネット】「別に機嫌悪くなんてないわよ!」首を傾げるアベルへと、じろ、と半眼を向け「それに妙な事って何よ?あたしはアンタの為に色々考えたげてるんだから」髪をまとめている赤いリボンを少し乱暴に解くとそれをベッドの上へと投げ捨て「で、どう?女の子の部屋に入った感想は」両手で髪を整えながら、問いかける  【アベル】「いや、猛烈に機嫌悪いじゃないかお前……何だ、もしかして俺が何か言ったせいか?」それくらいしか、急に機嫌を損ねた理由に思い当たらず。しかし、自分の言動の何処で機嫌を損ねたのかもまた分からず。考えを纏めようとするも、リネットに半眼で睨まれ「ああ、まぁそれは有り難いんだが……どう、って言われてもな。部屋だろう、普通に」ぐるりと、、改めて室内を見回して呟く 【リネット】「悪くないったら悪くないの!男なら細かいことを気にしない!」自分でもどうしてこんなに不機嫌なのかわからず、八重歯を見せ「まったく…。女の子の部屋とかは平気なのね。ダメなのは生身だけ?」ベッドに両手を突いて少し体重を後ろへと預け、アベルの様子をじろじろと眺め  【アベル】「ああ、分かった分かった、分かったから少し落ち着けって」ここまでくると逆に多少は冷静になるのか、苦笑しながらとりあえず宥めようと口を開き「全く平気、って訳でもないとは思うが……何と言うか、多分リネットに慣れた、ってのもあるんじゃないか?あれだけ強引だとな……まあ、それでも少し、落ち着かないって部分はあるんだが」問いかけに、軽く頬を掻きながら答える。確かに、所詮は唯の部屋だが、やはり男の自分の部屋とは違う――女性の匂い、とでも言えばいいのだろうか、そういったものを意識してはいて。 【リネット】「あたしは落ち着いてるわよ」宥められると、少し気恥ずかしくなり、拗ねたように唇を少し尖らせ「…何?あたしに慣れたって。あたしには女を感じないって言うの?」む、少し直りかけていた機嫌をまた悪くして、じろり、とアベルを睨みつける  【アベル】「どう見ても落ち着いてなかったと思うが……まあ、リネットがそういうなら構わないんだが……しかしまあ、中々可愛いところもあるもんだな」怒ったと思ったら次は拗ねている。感情豊かな表情や仕草に、思わず、といった調子で本音を漏らして「いや、女を感じないとかそういうんじゃなくてだな・・・…ああ、いやいや。大体、人の事を気遣う前に、リネット自身はどうなんだ?愛だの恋だの、そういう系統は」またも機嫌を悪くされても、       と、何とか頭を捻り、とりあえず浮かんだ疑問を捲くし立てるようにぶつけて 【リネット】「――っ!?」さらに怒鳴りつけようと口を開いた所に、可愛いと言われ、顔がカァァァと真っ赤に染まり「な…なな…何話を変えようとしてるのよ?」震える声を必死に押さえ、平静を装い「…まあいいわ。そりゃあたしだって…ね?」頬を赤らめたまま、視線を天井の隅へと向ける  【アベル】「……いきなり赤くなったな、あれか。あんまり急激に感情変化させるから、頭に血でも上ったか?」全く平静になりきれてないのは、何となく分かる。恐らくは、また機嫌でも損ねたのを必死で平静なフリをしてるのだろう、と判断して「その口振りからすると……覚えはあるんだな。まあ、あってもおかしくはなさそうなんだが…」やはりか、と言った様子で頷き、先を促すように、口を閉ざして。 【リネット】「あ、アンタの天然具合に呆れてんのよ」アベルの見当違いな言葉に、ほっとしつつ肩を落とし「そりゃあたしだって恋の一つや…二つはしてないけど、経験してるわよ。…昔の話だけど」どこか遠くを見るような視線を窓の外の夜空へと向ける  【アベル】「またそれか。なんか最近天然天然ばっか言われてる気がするんだが……まぁいいか」何となく釈然としないものは感じるが、今はそれよりもリネットの話に興味があり「昔の話、か……下世話な事だけど、まあ、何だ。興味があるから聞いてみたいんだが…勿論、リネットが話せるなら、だけどな」話すかどうかはリネット自身、と含みを入れて 【リネット】「…別に面白い話じゃないわよ?」ベッドから立ち上がり、机の上の水差しを手に取り、コップ2つに水を注ぎ「昔、って言っても2年前の話だけど、憧れてた人がいてね。少しの間付き合っただけ」そのまま、オレンジをひとつ手に取ると、皮を剥いて絞り、水に少し果汁の香をつけ「ま、今思えばアレは失敗だったような気もするけどね」手を拭いて、コップをひとつアベルへと差し出す  【アベル】「まあ、面白いとか面白くないとか、そういうモンでもないだろうさ。過去、ってのは、な」今更ながら、人の過去を掘り返すような発言をした軽率さを、少し後悔する。が、語り出した口を今更閉じさせるのも無粋か、と思い直し。リネットの話に耳を傾け「/・つまり、憧れがそのまま恋に、って感じなのか?でも、別にそれ自体はありがちだろうし、得るものだって多少はあったんだろう?だのに、失敗って事はないと思うんだが…」       受け取ったコップの水で、唇を湿らせ。疑問を投げかけて 【リネット】「ありがちってのは、つまり、落とし穴なのよ。あの頃のあたしは本当にあの人が好きだったのか、それとも恋に憧れてただけなのか…本当にあたし自身の気持ちで好きだったのかわからないわ」一口水を口に含み、乾きかけていた喉を潤し「ま、そうね。あの失敗から学ぶ物もいくつかあったわ。だから、次は失敗しないわ」ベッドに座りなおすと、口元に少し微笑みを浮かべ、目を細める  【アベル】「俗に言う、恋に恋する、ってヤツだったかもしれない、って事か……成る程な」聞きはするが、自分にはサッパリ分からない感情。だが、恐らくはそういう事だったのだろうと思う。目の前の明朗闊達を体現しているような少女にも、恋に焦がれた事があったのかと思えば、そういう部分では、自分よりも余程大人なのだろうな、とも思い「まあ、その前向きな辺りはいかにもリネットらしいが……ま、その次を迎える為にも、まずはこの島から皆で脱出できるようにならなきゃな」 【リネット】「ま、そういうことね。アンタも気をつけなさいよ?で、どうなのよ?アンタは誰か気になる子とかいないの?」島から脱出してから、という言葉には同意も否定もせず、アベルへと視線を向けると、唇の端を少し悪戯っぽく上げ「おねーさんが相談に乗るわよ?」肩にかかる髪を掻き上げ、からかうような口調で問いかける  【アベル】「そこで何でこっちに話を振るんだよ……んー、気になる、か……」流石に、リネットがこうして打ち明けたというのに、自分だけだんまりもあるまいか、と。自分なりに気になる相手、を思い浮かべて「…そう、だな……ああ、時折見かける、メイド姿の…刀持ってる子とか、だな。東方の剣術ってのには興味があるから、一度手合わせしてみたとは常々思ってるんだが。どう声をかけたものか分からなくてな…」返答は、確かに彼の基準において、『気になる相手』ではあるのだが 【リネット】「ジークリット?」アベルの答えに、自分で聞いておきながら何か少し気分が悪くなり「でも、彼女たしか決まった相手がいるわよ?」我知らず不機嫌そうに眉を寄せ、足を組むとその膝の上に肘を置き、手で顎を支える  【アベル】「へぇ、ジークリット、か…名前は西方風なんだな」ふぅん、という様に頷き。コップの水をまた一口含み、渇いた喉を湿らせながら「決まった相手? ああ、別に相棒とかそういうのを求めてるんじゃなくて。単純に手合わせしてみたいだけなんだが……そこで何で不機嫌になるんだ?」 【リネット】「手合わせぇ?」あっきれた、と目を見開き「そうじゃなくて、もっとこう、見ててドキドキするとか、話してみたいとか、キスしたいとか、そういうのよ!」髪を掻き上げ、ため息をひとつつき「…まあ、アンタはそういう奴よね」  【アベル】「―――き、キスって……お前な、そんな訳ないだろうが」溜息を付きたいのはこっちだ、とばかりに肩を竦めて「というか、まだ知らない相手の方が多いんだよ、ここじゃ。女性となれば尚の事だっつーの……お前以外じゃリーザくらいだぞ?」 【リネット】「何アンタ、子供がいいの?!」アベルの口から出た名前に当然のように早とちり。がばっとベッドから立ち上がると、腰に両手を当て、椅子へ座るアベルへと顔を近付け「恋愛は個人の自由だと思うけど、さすがにそれはどうかと思うわよ?」顔を間近に近付け睨みつける  【アベル】「―――OKリネット、俺にも段々お前の言いたい事が理解できて来たぞ。だから落ち着け」なんでそうも色恋沙汰に向けたがるのか、理解し難いものを感じつつ溜息一つ。近寄ってきたリネットから距離を離すように身を逸らして「あのな、リーザに対してそんな感情、ある訳ないだろうが。お前は俺を何だと思ってるんだ一体……」 【リネット】「…嘘じゃないでしょうね?」アベルが身を逸らした分、さらに身体を寄せ「……女の子が苦手な天然莫迦…」どう思っているか問われ、思ってることをそのまま口に出し、ようやく自分の早とちりに気付き「…あ、うん、そうね。あ、いやでも、小さい子のほうが好きなのかなーとか思ったわけよ…」恥ずかしさに少し頬を染め視線を逸らすと、あははと誤魔化し笑いを浮かべ、頬を掻く  【アベル】「…ンな事で嘘ついてどうするんだ一体…何のメリットもないだろうが。その上馬鹿って、お前な…」多少慣れたとはいえ、流石に急接近過ぎて動きが硬くなり。傾きすぎて椅子のバランスが崩れかねないほど身を逸らしたところで、リネットの言葉を聞いて「……とりあえず、お前が俺をどういう眼で見ていたかはよーく分かったぞ」 【リネット】「あ、あははは…」一筋汗を垂らしながら、引きつった笑いを浮かべ「ま、まあよかったわ。うん、アンタがそんなヤツだったら、色々教えてるあたしの責任だものね。うん、よかったよかった」言葉を続けるうちに、なぜか嬉しそうな笑顔を浮かべ。傾いたアベルの肩をぽんぽんと叩く  【アベル】「ったく……それで誤魔化されると思ってるのか?」半眼で、リネットを睨み。全く仕方ない、と言わんばかりに大仰に肩を竦めて「とんでもない勘違いをされた俺としては少しもよろしかないんだがな……って、だから触れるなとどわあぁぁっ!?」肩に触れた手を反射的に払おうとして――完全にバランスを崩し、見事に椅子ごと引っ繰り返り。ごちん、と鈍い音を響かせる 【リネット】「そこで誤魔化されるのが男の度量って物だと思――きゃぁっ!?」笑顔でアベルの睨みをかわしていると、突然目の前からアベルが消え、同時に鈍い音。思わず両手で口元を抑え驚きの表情を浮かべ「あ、アベル大丈夫?!」すぐにそれがアベルが倒れた音だと気付くと、慌てて横へとしゃがみ込み、アベルの頭を両手で抱き上げる  【アベル】「う、おおぉ……っ、ゆ、油断してるところに、脳天落下は、キツいな……痛ってて…」まともに強打した後頭部を擦りつつ、頭を振る。衝撃で脳が揺れたのか、意識が何処となく朦朧としていて。クラクラと揺れる意識と視界の中、リネットが近寄るのが見える。が、ぼんやりとした思考はそれを拒否する事もなく。 【リネット】「あぁ…アベル大丈夫?」アベルの頭を柔らかな胸に抱き、心配そうに顔を覗き込み「ごめん、やりすぎたわ。大丈夫?アベル、わかる?」申し訳なさと不安の色を瞳に浮かべ、震える声で問いかける  【アベル】「ああ…大丈夫、だ……少し、クラクラするけどな。別に、どうにかなったりはしないさ……だから、そんな顔すんな、って」まだ少し揺れる視界の中、リネットの不安に歪む顔が見える。ああ、らしくないな、と。纏まらない思考の片隅で思い、そのまま手を伸ばして…リネットの頬を、髪を、手指で撫で梳きながら 【リネット】「よかった…」アベルの答えを聞き、ほっと肩を下ろし「ホントごめん。あ、もう少し動かないほうがいいと思うわ」頬と髪にアベルの無骨な指の感触を感じ、少しくすぐったそうにしながらも、そのまましたいようにさせ「…アベル」アベルの頭を胸に抱き締める腕に少し力を籠め、微笑みを浮かべ呼びかける  【アベル】「ん、悪いな…心配掛けちまって」はは、と苦笑いを零し。茫洋とした視線を彷徨わせ「……ん、何だ、リネット…?」抱き締められる、柔らかな感触と温かさ。そして、リネットの匂いに包まれ。遥か遠い昔――物心付くより前に、こうして、誰かに抱かれていたような。そんな、微かな記憶が呼び起こされるようで 【リネット】「自分から、触れられたね」胸に抱いたまま、頬を撫でるアベルの掌に自分の掌を重ね合わせ「おめでと」目を弓の形ににっこりと嬉しそうな笑顔を向ける  【アベル】「………ああ、そういえば……ん、どっちにしても、まだクラクラしてやがるからな…」笑顔を向けるリネットに、苦笑いを向けるしかなくて。意識がシャンとすれば、また元通りな気がしてならない。ただ、それでも…「それでも、まぁ……少しは、進歩した、ってところかもな」 【リネット】「経験は自信よ?大丈夫、アベルはちゃんと前に進んでるわ。あたしが保証する」アベルの金髪を指先で優しく梳き「ま、今はあたしだけかも知れないけどね」くすっと笑みを零すと、アベルの頭を太腿の上に下ろし「とりあえず、意識がしっかりするまでこうしてるといいわ」上から微笑みでアベルを覗き込み、優しく髪を梳き続ける  【アベル】「っ、はは……やれやれ。まあ――それだったら、いいんだがな」髪を梳かれる感触に、瞳を細める。くすぐったいような、気恥ずかしいような……こちらを覗き込むリネットの、優しい顔に。微笑みを返し「は……ああ、そういう顔をしてると、ホントに美人に見えるな――それじゃ、暫く…こうさせてもらうさ」はぁ、と一つ息を吐いて――くらくらと揺れる視界と意識は、徐々に薄闇の奥へと溶けるように沈んでいく 【リネット】「…まったく」何度目だろう、美人と言われ頬を染め「…ホント天然なんだから」唇を尖らせ、眠りに落ちるアベルの頬を責めるよう指で突き「あー、もう…やっばいなぁ。こんな天然、絶対苦労するわ。しっかり自分を保たないとダメよ、リネット…まったく」アベルの寝顔を眺めながら、ひとつため息をつき。それでもアベルが目覚めるまではこうしておいてあげようと、優しく髪を撫で続け リネットの膝枕のままで、意識は深く、果てしない闇の底へと落ちていく。 現実と乖離していく意識、そして、その意識までもが何も見えない闇に閉ざされる。 ――だが、それでも。その身に感じる温もりだけは、はっきりと感じられる 穏やかな温もりに包まれたまま、今は唯、深く眠る。 ―――その後、目を覚ましたら一体どうなるのかは、さて置くとして。 今は唯、天に浮かぶ月だけが、この二人を静かに、見守っている―――