気付かれてはいけない 足音を殺す。難しい技能だが、できない事は無い。本職に聞かれれば、笑われてしまう程度の物かもしれないが そろりと足を忍ばせ。見慣れた廊下の角に身を隠し、先を窺う 誰も居ない。それはつまり、人気が無い、見つかり難いという事だ。 それは、追手も分かっているだろう。裏をかかなければいけない 静かに、近くの扉を押してみる。鍵がかかっている、当然だ だが、空き部屋ならば…… 次の扉、その次の扉を押す きぃぃぃぃ 小さな軋みを、蝶番があげた   ――その部屋は、静かな闇に包まれていた。 外界と室内を繋ぐ窓は、分厚いカーテンがそれを遮断し。薄暗い空間には、重苦しいような、静かな沈黙が横たわる。 床には、散乱した衣類、様々な本――それらを押し潰すように、放り投げられたのだろうか。白銀に輝くハルバードが転がっている。 空き部屋にはありえない、そこには人が、今も尚暮らす痕跡が、確りと存在している。 ――ぎしり、と。小さく何かが軋む音が響く。 その、音の先……ベッドの上に、蹲る一人の影。シーツを被り、震える誰か。 【マリーシア】「…ぁ、違う、違う…っ…わたし、わたしじゃ、ない、もん……違う、違う……」 【マリーシア】侵入者にさえ気付かず、うわ言の様に何かを呟き続ける。 【マリーシア】まるで、己の罪を懺悔する、咎人のように―― 【 トロイデ 】「何じゃ、空き部屋ではなかったのか。済まぬな、すぐ出るゆ……え……?」震える住民、それを威圧する事も無いと部屋を出かけ、立ち止まる。カーテンから漏れる光を返す斧。そして、その声に、覚えがある気がして 【 トロイデ 】改めて、部屋を振り返り、その様子を見渡す。まるで何かの、答え合わせをするように 【マリーシア】「ちがうもん……違う、マリーじゃない、違う――こわく、ないもん、恐がっちゃ、ダメ、なんだか、ら……」零れる声は恐怖に慄く幼子のように。未だ、その室内に存在するほかの誰かにさえ、気付けない――ただ、蹲り震えるばかりで 【 トロイデ 】「マリー? マリーシアか! 一体、どうしたというのじゃ」その、ただ事では無い様子に、許可も取らずベッドに上がり。様子を覗き込もうと手を伸ばし 【 トロイデ 】斧を使う者など、他に数えるほどで。ましてや、絵本を嗜む者など、他には居るまい。だが、何故、気付けなかったのか。決まっている、いつもとのあまりの違いに、だ 【マリーシア】「違う、違――ぇ、ぁ……」ふ、と。ベッドが揺れた。意識の泥沼から、僅かに顔を出した意識が視線を緩慢に持ち上げて――そうして、見えた。ベッドの上で、今にも自分に手を触れそうな、少女の姿。 【マリーシア】「とろ、いで……殿?」乾いた唇から、擦れた声音でその少女の名を呼び。そう、見間違える筈も無い…数度とはいえ、共に戦い、そして語らい合ったこの少女の顔を、姿を。 【 トロイデ 】「違う? 何が違うと言うのじゃ、マリーシア、スフォルツェンド。我は、おぬしに似たものなど他には知らぬぞ」その視線を、真っ向から返し、物怖じする事無く 【 トロイデ 】「うむ、トロイデじゃ。勝手に入ったのは、済まなんだがの。一体、何があったのじゃ?」 【 トロイデ 】その言葉は、震えるマリーシアを見た、という事に相違なく。それをまた、欠片も隠しもしないで 【マリーシア】「違う……違う…そう、違う――」違う、そう。今、トロイデが話しているのは、「いつもの」マリーシア。常に礼儀正しい、騎士のような存在――だから、『わたし』は『違う』 【 トロイデ 】「だーっ! だから何が違うと言うのじゃ!! おぬしがマリーシア・スフォルツェンドでないと言うのか。それとも、我がトロイデでないと言うのか。もし、後者じゃったら。特大の魔法で、我のみがトロイデだと証そうぞ!」 【マリーシア】「…いえ、語るのもお恥ずかしい話なのですが……ああ、気付かなかった私にも、原因がありますから…」トロイデに視線を向けて、多少弱々しさはあるが、それは確かにいつものマリーシアその人。小さく、苦笑するように顔を歪ませて 【 トロイデ 】完全に本気の目で、マリーシアを睨む。自分の定義は、魔術の根本なのだから 【 トロイデ 】「ふむ、恥ずかしいと言うのならば、無理には訊かぬが、心配はさせてもらうぞ? 人知れず、あのようななりになるほど追い詰められているのを知って放って置いたとあらば、仲間では無いからな」 【 トロイデ 】その豹変振り自体には、さしたる疑問も抱かずに。いや、むしろ、マリーシアは、最初に会った時から、戦いのたびに豹変していたのだから 【マリーシア】「そのような事は――私は、間違いなくマリーシア・スフォルツェンドです…それに、貴女も、間違いなくトロイデ殿でしょう」小さく言葉を区切り、被っていたシーツを取り払って「違う、というのは…その……私が、人を斬る事を……恐れている、という事、です」 【 トロイデ 】「ふむ、人を斬るが怖いか。我にはよう分からぬが、そういう者も居る。否、多いらしいのう。しかし、今まで大丈夫だったのでは無いのか?」 【 トロイデ 】マリーシアほどの戦士が、今まで人を斬った事も無かった、などとは思いもよらず 【マリーシア】「いえ、実は――私は、先日、初めて――海賊達を、人を――この手で、斬りました…此処に来るまで、人を斬った事も、殺めた事も――ないのです」そっと、自分の手を見つめる…みっともなく、小刻みに震えるその手を、無理矢理に握りこんで 【マリーシア】「そういう時が来ると、理屈では分かっていました。それに、それを躊躇う事も無いと。そう、信じて疑いませんでした…でも」 【 トロイデ 】「なるほどな、それでか。しかし、戦場に出るたびにそうでは心が持たぬぞ。身体は持ってもな、飯は胃に入っておるか?」いや、この様子では、身体すら持たぬかも知れぬと、ちらと考え 【 トロイデ 】心配そうに、ベッドのマリーシアを見上げて 【マリーシア】「今もまだ、残って離れないのです――肉を斬り、骨を砕く、その感触が。耳朶を震わせる、苦痛に満ちた叫びが……それを、当然だと。当たり前だと、理性は理解しているのですが…」 【マリーシア】「食事は…大丈夫です、しっかりと食べていますから……ご心配をおかけします」トロイデに、大丈夫だというように向ける笑み。しかし、それさえも、吹けば消えてしまいそうな程、儚く弱々しい 【 トロイデ 】「このところ、海賊の襲撃が頻発しておる。また、戦うは必然じゃというのは分かっておるな?」確認するように、はっきりと口に出し 【 トロイデ 】胸の前で腕を組んで、何かを考え込むように。いや、考え込んでいるのだろう 【マリーシア】「ええ……先日の襲撃は、どうやら独断専行であったようですが…私は、恐らくは予兆だろうと捉えています……そう遠からず、また戦う時が来るでしょう…」 【マリーシア】その言葉に頷き、せめてベッドの淵に腰掛けようと。下着のみの姿にシーツを羽織りなおし、震える手足を叱咤して、身体を動かす 【 トロイデ 】「収まるまで、冒険者である事を止めるか? マリーシアほどの戦士、失うには惜しいが。このまま戦場に出ても、人斬りに押されて圧死するぞ。南方方面なら、対人も少なかろうから、そちらに鞍替えする手もあるがのぅ」 【 トロイデ 】心配はしているのだろう。だが、ただただ、正直に、無遠慮に。これから予想される未来と、その対策を並べて 【 トロイデ 】それは、子供らしい無思慮、ではあるが。吐かれる言葉は、子供の考えにしては現実的で無慈悲で 【マリーシア】「――いえ、戦います……少なくとも私には、戦う力がある。誰かを、護る事のできる力がある――ならば、それを活かさずしてどうしますか、躊躇って何としますか」 【マリーシア】 静かに紡がれるその言葉、それは綺麗な理想、絵本の中の、騎士が口にする、穢れのない、尊い誓い。 【 トロイデ 】「死人は、何も護れぬぞ。そしてこのまま進めば、おぬしは確実に死人となろう、人斬りに慣れる前に。それに、何の意味がある」 【 トロイデ 】激しく吐き出される言葉、それは無残な現実。戦場に生きた、魔術師が口にする、屍を代価に得た、血腥い忠告。 【マリーシア】「――護ります、そして、意味はあります…一命を賭してでも、誰かを護る、誰かを護りたいと言うその想いにこそ…意味があるのです」 【マリーシア】ただ静かに紡がれる言葉は、現実など知らない、綺麗な世界で生きてきた者の言葉。全くもって綺麗なだけの、文字通りの理想。 【 トロイデ 】「死に意味など無い。故に意味を見出さんとすれば、おぬしは人を斬り、それでも前に進まねばならん。その、覚悟はあるか?」 【 トロイデ 】理想など、知らぬ。理想にて編まれた戦場の子供。故に、その理想を綺麗とも気付かず。それが地に足をつける事を求め 【マリーシア】「人を、斬る――…っ」その言葉に、もう幾度目かも分からない、あの感触が蘇る――命を奪ってしまうという恐怖、殺してしまうと言う恐怖――自分が、コワレテしまうという、恐怖。 【 トロイデ 】「今、斬れずとも良い。その覚悟は有るか、と訊いておるのじゃ」既に、覚悟を決めた者の目で、ベッドをひょいと飛び降り。床に置いてあるそれを拾う 【 トロイデ 】斬る、ただそれだけを目的とした獲物を 【マリーシア】人を、斬らなければ。斬れなければ。誰かを護る為に、それが必要な事、それは当たり前の事――それが出来て、こその、『理想』。 【マリーシア】「…あります。それは、乗り越えなければならない事です……それが、『私』が『私』である為にも…避けては通れない事ですから」 【 トロイデ 】「よう言うた。では、人の血肉に慣れよ」 【 トロイデ 】 間髪入れず答え。マリーシアの力を振り上げ 【 トロイデ 】それを、自らの肩に落とす 【 トロイデ 】ぐちゃり 肉の潰れる音 【 トロイデ 】ぺきん これは、鎖骨の折れる音 【 トロイデ 】赤が、生命の紅が。幼い少女の肩口から噴出し。その服を、床に染み、拡がる 【マリーシア】「慣れる――と、トロイデ殿ッ、それは危な――…ぁ……ああぁ……っ」止めようと、手を伸ばしたその先で。流れる血が、裂ける肉が、砕ける骨が……目の前に広がる 【 トロイデ 】「トロイデという人を斬って見せよ。その覚悟が本物ならば、戦場で、己が罪で人を殺したくなくば。さぁ、武器を取れ、マリーシア・スフォルツェンド」 【 トロイデ 】使い物にならなくなった、右腕ではなく、まだ綺麗な左腕で。柄を、マリーシアの前に突き出し 【マリーシア】「い、いけない…とろいで、殿…は、早く治療を……」言葉は身を案じる。それは当然の事だ、仲間の身を案じるのは当たり前だから。しかし、その身体は……どうして、震えているのだろう。伸ばした手は、どうしてこんなにも。みっともなく、揺れているのだろう 【 トロイデ 】「連れて行こう、というのならば、おぬしを焼くぞ。このまま、武器を取らずとも。武器をとって、それが浅くとも」 【 トロイデ 】垂れ下がるだけの右手に、炎と、大地の力を凝縮させて 【マリーシア】「な、何を、馬鹿な事を言うのです……トロイデ殿を斬るなど、仲間を、斬るなど…!」言葉途中に、突き出された柄。反射的に、その柄を握る……武器を通して、伝わってくるのは 【 トロイデ 】どくん、どくんと、命の鼓動。命の流れ出していく鼓動 【 トロイデ 】「もちろん、他だなにも見ずに振り回しても良い。その場合、我は死ぬがな。このまま、放っておいてもじきに死のう」 【マリーシア】「言葉だけの覚悟では足りぬと……だから、己を斬って言葉の真を示せと……そう、言うのですか……?」流れ出る血潮を、柄越しに感じる。身体が、否応無く震える……目の前で、誰かが「死ぬ」かもしれないという、血腥い現実に。 【 トロイデ 】「さぁ、選ぶが良い、マリーシア・スフォルツェンド。戦士として、我を打ち倒し、治療を受けさせるか。戦士になれぬ者として焼かれ朽ち果てるか。それとも、ただの臆病な殺人者となるか」 【 トロイデ 】マリーシアの瞳を、きっと見上げる。肌の色は、だんだん白く、青くなっていくというのに。蒼い瞳は、炎のように 【 トロイデ 】「仲間の命が掛かった今を措いて、いつその覚悟ができよう?」血の気の失せた顔で、高らかに、確かに笑い 【マリーシア】「わ、私は……私は……」その瞳に気圧される。未だ身体は震えている――こんな事では、駄目。これでは、理想には届かない、不完全なまま。 【マリーシア】「――そこまで、言うのであれば……トロイデ殿」柄を握る手に、力を込める……未だ、微かに震えてはいる、しかし、それでも――ゆっくりと、その血に濡れた刃を持ち上げて 【 トロイデ 】「うむ、来るが良い」左手で、印章を切る。それは、防御結界のようで、微妙に違う。打ち破れぬほど鈍い攻撃に、報いを与える呪 【マリーシア】「私の不甲斐なさの為に、トロイデ殿の命を危急に晒すなど、あってはならない事――ならば、無理矢理にでも打ち倒して、治療を受けてもらいましょう」 【 トロイデ 】「では、これでも危険では無いと証して見せるが良い。我と、自分自身に」汗が、頬を伝う。失血による震えが、自分にも分かる 【マリーシア】ハルバードを握り締め、真っ直ぐ見据える。揺らがないように、揺ぎ無いように。理想を、さらに理想で塗り固めて……その刃を静かに振り上げて―― 【 トロイデ 】ぽたり。初めて、血潮以外の雫が。床に跳ねた 【マリーシア】「――ッッ!!」血塗れた、鈍重な斧槍の先端が空を裂く唸りと共に……トロイデへと、振り下ろされる 【マリーシア】 ――世界が、スローモーションのように感じる。このままなら、確実に刃はトロイデを頭上から唐竹に裂き砕くだろう。 【 トロイデ 】熔けた石。いや、溶岩の雨が。愚か者を捕らえんと、両の顎を開き。マリーシアを噛み裂かんと 【 トロイデ 】ゆっくりと、時間の違う世界で迫ってくる。確実な破滅へと、変転する時を追いかけて 【マリーシア】 ――あと僅かで。刃先は間違いなく、トロイデの脳天を割る――ここで躊躇えない、躊躇う訳には行かない――柄に、軋むほどの力を込め…… 【 トロイデ 】ただただ、切っ先を見つめる。恐怖も無く、迷いも無く。ただ、そのタイミングを見極め、魔術のトリガーを押すためだけに 【 トロイデ 】避ける手立てなど、最初から持っていない。反瞬でも先に打ち込む。戦場と等しく。いや、相手がマリーシアだからこそ。純粋に、それだけを考え 【マリーシア】「ッ、あああぁぁぁっ!!」咆哮のような気合が響き――その刃は、確かにトロイデの身を捉えた 【マリーシア】――その髪を、肩を、掠めるようにほんの僅かに捉えながら。直後――床板を砕く衝撃が響き――時間の流れが、正常に戻り 【 トロイデ 】「づぁっ!?」それでも、その速さ、その威力は十分少女を地に這わせるに足り。迎撃の魔術も、砕かれ行き場を失い 【マリーシア】「――これで、納得していただけますか…?」たった一撃に、どれだけの力を込めたのか。荒い息を付き、しゃがみ込んでトロイデをそっと抱き上げて 【 トロイデ 】肺腑から、呼気が丸ごと持って行かれる。備えて、吐いてたとは言え、胸郭は軋みを上げ、自らが作った血の池に薄い胸を叩きつけ 【 トロイデ 】「……うむ」ごろりと、身を仰向ける。自分を打ち倒した物を、しかと見るように 【 トロイデ 】残念ながら、立ち上がって祝福してやる事はできない。それだけの力は、もう無い 【 トロイデ 】「我は、納得した」けほと、紅い飛沫の混じった咳を吐いて「マリーシア。おぬしは、納得できたか?」もはや無事でなくなった、左手を差し上げ 【マリーシア】「改めて…私の不甲斐なさから、このような事になってしまい、本当に詫びるべき言葉も見つかりません……ですが」その、伸ばされた手を握り。ボロボロの身体を、包み込むように抱き締めて 【マリーシア】「ええ、嫌と言うほど納得しました……もう、私は大丈夫です」 【 トロイデ 】「我が勝手にした事よ、おぬしの責では無いわ」腕の中、マリーシアを撫でるように、手を動かして 【 トロイデ 】「ならば良い……いや、良くは無いか」何かを思い出したかのように、しまったと表情を強張らせ 【マリーシア】「ええ、良くはありませんね……こんな、大怪我をして……もし万が一があったらどうする心算だったのですか?」気休め程度にしかならないだろうが、常備してあった回復薬を持ち出し。トロイデに飲ませようとしながら。心配と安堵とが綯い交ぜになった顔で 【 トロイデ 】「我が戦友と認めた者に、万が一がある筈も無かろう。もし、あったとすれば、それは我が目が曇っておったという事。曇った目では、遅かれ早かれ斃れるしかなかろう?」 【 トロイデ 】何を、分かりきった事を。と、答えを返しつつ。回復薬の瓶に、口をつけて 【マリーシア】「過大な信頼を寄せていただくことは誇りに思いますが――できれば、次からはもう少し心臓に悪くないやり方にしていただけると助かります、色々と」苦笑いを零しながら、回復薬を飲むのを確りと見届け。自分の身体に巻いていたシーツを剥がし、トロイデの傷口から溢れる血を拭っていく 【 トロイデ 】「では、他にどうやれば良かったというのか。知っておったら、あのような事にはなっておらぬと思うがの」回復薬の効果か、傷口にゆっくりと、血が盛り上がり、硬化が始まって 【マリーシア】「それはそうですが……はあ、まあ、立ち直らせてもらった手前、私が何か言えた義理でもありませんか……」治癒の始まった傷口を確認して、念の為にもう1本の回復薬を開封しながら 【マリーシア】「ともあれ、きちんと傷口を治してもらわなくてはいけませんね……それと、こうして助けていただいたからには、トロイデ殿にお礼をさせていただきたく思います」 【 トロイデ 】「思いついたら、おぬしがそれをしてやればよい。そういう者は、おぬし一人ではない筈じゃ。その時、文句でも抗議でも聞こうぞ」嬉しそうに笑って 【 トロイデ 】「勝手にやった事じゃと言うに。まぁ、願いがひとつ、無いではないがな」と、ばつが悪そうに、明後日の方を向いて 【マリーシア】「そう、ですね……その時は私自身、誰かの助けになれればと思います」真摯な表情で頷く…そこにはもう、仮面の綻びは見られない。殺すという現実さえも、理想へと取り込んだから。 【マリーシア】「おや、何かあるのですか?構いません、私にできる事であれば、喜んでさせてください」トロイデを抱き、ゆっくりベッドに横たえながら見つめて 【 トロイデ 】「うむ。実は、エルオーネにかくれんぼを教わっておる最中じゃったのじゃが、すっかり頭の中から消し飛んでおってな」 【 トロイデ 】「じゃから、エルオーネに。ここに居ると伝えてはくれぬか。今頃、探し回っておるじゃろうしな」 【マリーシア】「かくれんぼ、ですか?ああ、それで私の部屋に……あ」今更ながら、トロイデが入ってきた理由に納得し――そして、更に今更ながら、自分で破壊した床板だの、血溜りだのを、どうするべきかという問題に気付いて 【 トロイデ 】「うむ。どうした? マリーシア」そして、腕の中から、その視線を追って…… 【マリーシア】「まあ、ソレは確かに…わかりました、エルオーネ殿には私から伝えておきましょう」一つ頷き、クローゼットから適当な服を引っ張り出して 【マリーシア】「ああ、まあ……その辺りの後片付けは、部屋の整理と纏めて後で私がやっておきますので」苦笑を浮かべながら、服を着込み。トロイデにシーツを掛け「ともあれ、今は暫く、休んでください……本当に、感謝しています」 【 トロイデ 】「流石にまだ動けぬからな。手数をかける」そう、言い残すと、目を閉じて 【 トロイデ 】そしてすぐに聞こえる、小さな寝息 【マリーシア】「ええ、お休みなさい……」寝入ったのを確認し、静かにドアへと向かう。取っ手を握り、ドアを潜る…「大丈夫、これで『私』は、戦える……意味が、ある」 そして、扉を閉ざす音。後には、再び静かな闇と――小さな寝息が残される。   ――部屋に残された、血溜りと、床の傷痕。そして、血に濡れた白銀のハルバード それだけが、この閉ざされ、隔絶された空間で起きた事を静かに物語る。 ベッドの上で眠る少女、その身を挺した行いが、一人の戦士に再び戦う力を与えた。 ――だが、装う無かれ 刃は血に濡れ、戦士は人を斬る事を、その可能性を受け入れた ……そう、『戦士』としての仮面は、血に濡れる事さえ、理想として受け入れた、だが。 それを被る者自身が、血に塗れる事を、受け入れたわけではないのだから ――だが、それでも。 今は一時、静かな眠りと安らぎを―――何れ、目覚めるその時までは……