ある日の夜、食事も終え、各々がゆっくりと休んでいる頃。 アランはテレーズに話がある、と言った。 相談したい事がある、工房で待っている、と。 時間通り其処に行けば…椅子に俯き、手を組んで座っているアランが、一人。 (こんな具合で良いかしら? 【テレーズ】「お呼びによリ参上なのダヨー。何ダネ、マイブラザー?」コンコンとドアを開けても気が付かぬアランの為に改めて木扉を叩き 【アラン】「ん…あぁ、悪いな、呼び出しちまったり、して」音がして初めてテレーズに気付き、そちらを向いて力なく笑顔を作って 【テレーズ】「構わなイ無いのダヨ…サテ、なんの用だネ?素面デ話すのガ良いかね」 【テレーズ】「構わなイ無いのダヨ…サテ、なんの用だネ?素面デ話すのガ良いカネ?それと酒の席の話にするカネ?」 その笑みを見取って如何聞けばいいか尋ねる 【アラン】「ん…まぁ、どっちでも良いさ…その、こう言う事を相談する相手、ってのがあんまり思い浮かばなくて、さ…」はは、と笑みを浮かべたまま 【テレーズ】「ンーンーンーンー」 【テレーズ】「なら素面ダネ、マイブラザー。相談事に乗るのハ構わなイガネ」 【アラン】「まぁ、それで…そしたら、テレーズがいたから、さ…ほら、テレーズ大人だし、頭も良いし…こう、聞いたら、良い答え帰って来るかも、って思って、さ」 【テレーズ】「答えヲ出すのハ、何時だっテ自分なノダヨ、其処ハ間違えないデくれタマエ、マイブラザー」対面の椅子に座って僅かばかり真剣みを帯びた声で 【アラン】「まぁ、それは、な…うん」 【テレーズ】「だガ、人に話すのハ、一人デ悩むよりハずっと良いノダヨ、その点ハ合格だネ」 前言を翻すようにうんうんとおどける様に頷いて 【アラン】「…はは、そっか」力ない微笑みに、どこか安堵が紛れて「それで、さ…何て切り出せば良いかな…」少し手を組んだまま悩んで「その…こう、なんだろう」世辞にも智慧のあるといえない頭で必死になって、言葉を考えて 【テレーズ】「ササ、若人ノ悩みヲお姉さンにドチャーと話してみルのダヨ」 【アラン】「その、前回、さ…リーシュの件で出た時に、さ…ちょっと、強いエネミーが出て来て、さ…それで、少し俺が、危ない状況になって、さ」 【テレーズ】「ン…それデ?」意見を挟まず続く言葉を待ち 【アラン】「その時に、その…一緒に居たシフォンに、無理させちまって、さ…それで、倒れさせちゃった、んだよ、な」 【テレーズ】「その事ガ気に掛かルト…フム、それデダマイブラザー、君ハ如何したラ良かったト思ってルのダネ?」 【アラン】「俺が、その、エネミーの攻撃を、避けるなり、完全に耐えるなり、出来てれば、よかった、と思う…けど…」俯いて「俺に、そんな器用な真似、出来ないから…でも、次、もしこういうことがあったら、って考えると…何かしら、出来たほうがよいんじゃないかな、って、思って…」 【テレーズ】「フム、それはシフォンたんにもお仕置きが必要ナ話でハ有ルがネ…マイブラザー、君ハツマる所今の自分の戦闘スタイルに不安を感じテルのカネ?」 【アラン】「……かな…今まで、これでやってきて、今までは何とかなってきた、けど…ここから先、今回みたいなことになるかもしれない、と思うと…さ」 ンンっと覗き込むように 【テレーズ】「君、デハ私ガ防御魔法ヲ教えたとシヨウ、ソレで満足できるカネ?」 【テレーズ】「次ハ何故その時間デ剣ノ腕を磨いテ置けば良かっタと後悔すルかも知れないネ」 問いかけると言うよりは相手を推し量るといった感じで尋ねる… 【アラン】「……そうなるのが、落ち、かもしれない、よな…」俯いて「……でも、少なくとも、今のままじゃ、駄目なんだ…でも、俺はここまで、今のままのやり方しか、知らなかったから…」 【テレーズ】「少なくとモ君ノ剣技ハ誇れルものダトと思うがネ。私にハ真似できないヨ、マイブラザー、ソレをなす為二積み上げたものガ違うかラネ」 【テレーズ】「ソレは誰でモ同じだヨ、君ガ出きる事ヲ、他人ハ出来ル訳じゃなイ。」 【アラン】「……でも…我侭なのかもしれない、けど…それでも……俺以外の誰かが、倒れているは、見たく、ないんだ…」俯きながら、自身の手のひらをじっと見つめて 【テレーズ】「デハ君ハ一人デ戦うのカネ?違うだロウマイブラザー?それハ今居る守り手、例えバリーシュたんやら私やらヲ信用できなイのカネ?」 【アラン】「そ、そんなことは…ない、よ…けど…」 【テレーズ】「ナラ、モット自分を信じるのダヨ、マイブラザー。私や君ノ友ガ君を信じて前を預けるテルのハ伊達デは無いのダヨ。」 【アラン】「……それで、良いの、か…俺はフェリィや、ルフトと違って、前に出て、剣を振るしか出来ない…けど、それしか出来ない俺で…大丈夫、なのか?」顔を上げ、テレーズを見る…その顔はどこか、不安に満ちていて 【テレーズ】「君ガ前を見テ歩けバ、ルフトの坊やガ足元を見てくれルだろうシ、フェリィたんガ上を見てくれルヨ。それに君大事な事ヲ忘れてるヨ、さっきも言った通リ、ソレしか出来なイのデハ無く、ソレが出来ルのダヨ?」 【アラン】「…そう、か……それで…良い、のか…」自身の手のひらをじっと見る…何度もマメが出来、潰れ、その上からマメを作り…固くなった、掌を見て 【テレーズ】「ソノ身に刻んだ傷ハ伊達では無いヨ、不安に思うなラ他の者にモ聞いて見るト良い。言ったロウ、答えを出すのは自分ダガ、一人デ悩む必要ハ無いト」 【アラン】「…そう、だな……」自身の手を握り、拳をじっと見て…再び視線を上げ、テレーズを見る、その顔には、先程よりはマシになった、笑顔で「…ありがとう、テレーズ」 【テレーズ】「何々礼を言うなラ解決しテからにしたまエ…若いんだカラネ、やり直しガ効く内二なら何度でモ転がリたまエ」 【アラン】「そう、だな…でも、こう…少し、意外だった、かな…助けられておいて、言うのもなんだけど、テレーズはもっと、蹴っ飛ばしてくるかな、って思ったから、さ」はは、と苦笑を浮かべて 【テレーズ】「…アア…真面目二語っタ所為デ寒い寒イのダヨー、ホラホラ此処なんカ寒イボガーーー」 【テレーズ】「クカカカカカカ、反省してる子可愛い子にハ私ハ優しイのダヨ?」 【アラン】「ははは…」その様子を可笑しそうに笑って 【テレーズ】「蹴っ飛ばして欲しいなナラ、サドな子でモ見つけるノダヨー」 【アラン】「はは、そっちの趣味はあんまり、かな」 【テレーズ】「クカカカカカカカカ、なら良いでハ無いカ、偶にハ優しクされ給エ」 【アラン】「そうだな、滅多にない機会だしな…やさしくされてみておくさ」はは、と笑って 【テレーズ】「ハグ位なラ優しくギュッとしてあげるのダヨ、マイブラザー」ほらほらと手を広げて 【アラン】「ははは、なんとなく食虫植物が口広げて待ってるように見えるぜ?」その場で動かずに静かな笑みを浮かべて 【テレーズ】「それダケ言ル元気が有ルなら充分ダネーマイブラザー精進したマエ」イイ笑顔で親指を立てて 【アラン】「あぁ、そうだな…まぁ、今度何かあった時、この借りは返すぜ」けらけらと笑いながら、親指を立て返して 【テレーズ】「期待しないデ待ってるノダヨー、でハもう良いかネ。寝不足ハ美容の大敵なのダヨー」片手をひらひらさせて 【アラン】「おぅ、悪かったな…良い夢を」冗談めいて投げキスなぞを返して 【テレーズ】「しーゆーなのダヨ」愛を振りまく投げキッスを返しながら部屋を出て行く 【アラン】「……少し、軽く、なった、かな?」自身の掌をじっと見て、思う しか、ではなく、それが、出来る、それが、今の自分なのだから ならば、きっと、これからも、そうしていけば…良い筈だと、思って ベースキャンプに海賊の襲撃があって、数日。 騒がしかったベースも、以前の落ち着きをだいぶ取り戻して来ていた。 しかし、それでも海賊に対する警戒は続き、警邏に回る面々も多い。 そんな中、重傷を負った少年が一人。 だが、神官の治癒魔法と自身の生命力のお陰で、既にある程度動けるまでに治っている。 とは言え、まだ剣を振る事は愚か、仕事も与えられてない状況にある。 全身を穿たれ、生命の危機に瀕していたのだ、大事を取るのは当然と言えば当然である。 しかし、同時にそれは……暇をもてあます事に繋がって。 【アラン】「……暇だー…」       朝から既に寝台の上でごろごろと転がりながら言う。 【アラン】「……喉、渇いたな」       そう呟くと、手近の台にある瓶を手に取るが、重量を感じず…どうやら中身は空の様で。       空じゃ仕方ないか、と内心に思い、身を起こし、立ち上がろうとする。       若干身体が重いと感じるが、それを気に返さず、部屋を出る為に立ち上がろうとした所に…。 【セファーナ】「…。」       こんこん、と、控えめに扉をノックする。       この孤島に流れ着いてからは、再び教職に戻った気がする。       勿論、冒険者でもあるわけだが。       その活動もしている。だが、この集団は歳若い者が多く…色々な知識が必要だし、可能なら学びたいとしている人間も多かった。       ならば、動かぬわけにも行くまい。教職を離れ、冒険者として活動しよう…と決めたものの、やはり、自分は何処まで行ってもこうなのだな、と、も思う。       そんな自分のことはさておくとして…、生徒の一人である彼が、重傷を負ったのだ。       …大人としても、調査隊の一員としても、先生としても、様子を見ておくべきだと…そんな風に考えて、ここにいる。 【アラン】「どちらさんで、っと…と」       自身が部屋を出ようとした所に来るノック音。      それに気を取られ、そちらを見て立ち上がろうとする…が。       ふと、膝に入れる力が抜け、その場に崩れ落ちる。       それと同時に、肘を寝台の硬い所に打ち付けて。 【アラン】「ッて……おぉぅ…しび〜……」       涙目で打ち付けた所を抑えて痛がって。 【セファーナ】「ん…入りますよ……って、アラン君、平気ですか?」       ドアを開けてみれば、悶絶する少年。       想像と風聞に比べれば、幾分か元気そうには見えたものの、そんな様子には驚いて。      慌しく、彼の元へと寄る。 【アラン】「や、ちょっと、今、肘打って…まぁ、平気、だよ、うん」       涙目のまま入って来た師に答えて、立ち上がる、今度は膝に力が抜けないようにしっかりと。 【アラン】「えっと、それで、どうしたんだい、せんせー?」 【セファーナ】「いえ、様子を見にきただけですよ。 ですが、治療がよかったようですね…、傷の方は、もう?」         腰掛けられる場所を探しながら、見舞いにともってきた数点の果実の入ったかごを揺らし。 【アラン】「やぁ、うん、結構平気…まだ、骨とか痛いけど、これぐらいだったら、って感じかな」       はは、と笑みを浮かべながら手近にあったイスを手にし、腰を掛ける所の埃を手で払うとどうぞ、と薦めて。 【アラン】「良かったらどうぞ、と…でも悪いねせんせー、なんか態々見に来て貰っちゃって」 【セファーナ】「それは心配しますよ。 あんな大事の後です。 私は医療の方は専門ではありませんけれど、何か異常を感じたら、直ぐに治療できる人に言うんですよ?」         ありがとう、と、すすめられた椅子に座り、床にかごを下ろして。        少し口うるさいくらいに心配してみせる。 【アラン】「うん、分かってるよ…まぁ、でも、これぐらいなら、平気だ…って言うのが、無茶って言われたり、するんだよなぁ」       いつものように言葉を返そうとするも、途中で自身の言葉に気づき、少しため息を吐いて。       寝台の傍の台から小さなナイフを取り出すと、セファーナのほうに手を伸ばし。 【アラン】「ん、果物剥くよ」 【セファーナ】「いえ、ここは私が。 怪我をしているんですから、少しは寝ていてください。 このくらいは、私に任せてくれていいですよ。」        ナイフを貸すようにと手を伸ばし、かごの中から果実を選び出して。        そんなアランに、寝ているように、と指でベッドを示す。 【アラン】「……あー…はい、分かりました」      ベッドで寝飽きた身には余り言う事を聞きたいと思わない。      しかし、散々世話になっている恩師の言葉に抗うのもしたくない。      その2つの意識のせめぎあいの結果、ナイフをセファーナに渡し、自身はベッドに再び横になる。 【セファーナ】「…なんにせよ、お疲れ様でした。」        瑞々しい林檎を一つ選び、器用にナイフで剥いていく。        手元はナイフを動かしたまま、アランに視線を向け、やわらかに微笑む。 【アラン】「…いや、まぁ、ほら…フェリィとか、居なかったし…あの場で頑張らなきゃなんなかったし、うん…」      その笑みに少し照れながら笑みを返して。 【アラン】「一応、俺に出来ることを、やっただけ、だし、さ…」      ベッドに寝転がりながら、上半身を起こしセファーナを見て。 【セファーナ】「…出来る事をやる、というのは…中々難しいですよ。 口で言うのは、とても簡単な事ですけれどね。」      一つにつながった林檎の皮をむき終え、果実を切り分けながら、瞳を閉じて言葉を続ける。 【アラン】「まぁ、でも、言葉に関しては受け売り、って奴、なのかな…」      頬を指で掻きながら少し照れた様に俯いて。 【アラン】「それに、やっぱ、出来る事もしなきゃ…俺は本当に何も、ない気もするし」      俯きながら呟く言葉、それは何処かに悲愴が混じって居る様にも聞こえて。 【セファーナ】「……アラン君。」        思わぬところで感じた、少年の…寂しさ、だろうか、それとも…別のものか。        それを垣間見て、少し言葉を詰まらせる。        如何するべきか、少し迷ったが…、そっと、その髪に触れ、柔らかく撫でる。 【アラン】「…せん、せー?」      頭に感じる柔らかな感触に、顔を上げてその顔を見つめる。      突然の事に驚きと、安堵を感じながら、じっと見つめるその顔は、普段よりも幼く…丁度、年相応位に見えなくもない。 【セファーナ】「何もない、なんて…自分で言うのは。 少し寂しい事ですよ。 …それに、それをあなたが言うなんていうのは、余計に、ね。」        何時もの、常に前に立ち、筆頭の戦士として…の彼からすれば、思いもよらなかった言葉。        彼の事情を深く知るわけではない。        唯…その表情は、ほうっておけるようなものでもなくて。        ゆっくり言葉を繋ぎながら、安心させるように、髪を撫でる。 【アラン】「あ…で、でも…俺……俺…」      今まで、殆ど誰からも受けた事のない様な事。      それに対する驚きも、戸惑いも隠せず、言葉を返そうとするも、何処か詰まって。      けれど、やはり湧き出てくる安堵感に、何処か心地よい感情を覚えて。 【セファーナ】「何が…不安です?」        静かに、優しく、尋ねる。        まるで子供のような今のアラン。         …いやそもそもに、彼はまだ14。        自分が教えていた子供たちと、なんら変わらないような年齢の、少年なのだ。        辛い表情は、させてはおけなかった。 【アラン】「…俺、には…前に、立って、剣を、振るしか、出来ない、ですから…その…」      精一杯自身を思いを、考えて言葉にしようとする。その言葉は、何処か震えていて…。 【セファーナ】「セシル君やラビさんが言っていました。 アランの作るプリンは美味しい、って。 鏡さんが言っていました。 アランさんの作る道具は、とても使いやすくて、助かる、って。」        諭すように、小さく、だがはっきりと、アランの耳に届くように。        じっと彼の目を見て、続ける。 【セファーナ】「アラン君には、出来る事、沢山ありますよ。 あなたのことを好いてくれる人間だって、多い。」 【アラン】「あ……で、でも…でも…俺、は……俺、なんか、が…俺、なんか、の……」      じっと目を合わせて…視線を外す事も出来ずに。      震える言葉は続く事もなく…目には、涙を溜めて。 【セファーナ】「完璧に出来る人なんて、いないんですよ。 後悔はするし、振り返りもするのが人間です。 剣を振ることだって…上手くいかないことが、自分でああできていれば…って、思うことがあるかもしれない。 結果、今みたいに倒れる事もあるでしょう…仲間を護りきれない時もあるかもしれない。 ……それでも、ここにいる誰かが、倒れたあなたを笑いましたか? あなたを…責めましたか?」        再び、くしゃりと髪をなで。        彼が、躓いているであろうと自分が感じた事を、口にしていく。   【アラン】「そ、んな…事、は……」      なかった、そんなことはなかった。      ただ、自身がそれが悔しくて、それを自分で重荷にして。      その重荷を、セファーナの言葉が、壊していく様に感じながら。      心の何処かにあった…重すぎた、自責感を崩して行く様で。      同時に、涙も零れ、頬を伝って行き…。 【セファーナ】「皆、知っていますよ。 あなたが、努力している事を。 頑張っている事を。 大切に思われているんですよ。  …ですから、さっきみたいな言葉は、駄目です。」        安心させるように、背中をぽんぽん、と叩いて。 頷く。        ハンカチは…貸そうかと思ったけれど、やめておく。        男の子は、泣いていると悟られるのは、ちょっと、嫌がるだろうから。 【アラン】「ぅ、ぁ……俺…今まで、おねーちゃん、以外に、そんな、こと、なくて…なかった、から……」      大切にされている…今まで、姉以外の誰かに、そんな事をされた覚えはなく。      それを、この場できちんと、言葉にされて。      何で自分で気付かなかったんだろう、と思いながら。      その事に、ただ、涙を…歓喜の、涙を零すしか、なくて。 【セファーナ】「勿論、私もですよ。 大切な調査隊の同士であり仲間で…大切な、私の生徒です。」        身体を離し、微笑む。 授業を行う時や、冒険に出ている時とは違う、柔らかいそれで。 【アラン】「…あり、が、とう…ござい、ます…俺…俺……」      涙をぼろぼろと、流しながらセファーナを見て。      だけど、その顔は笑っていて…そして、感謝の言葉を、口にし。 【セファーナ】「…林檎、食べますか?」        差し出したのは、皿に盛られて切りそろえられた林檎。        少年の笑顔をどこかまぶしく感じながら、差し出す。 【アラン】「え…あ……いただき、ます」      先程剥いていた林檎…それに手を伸ばし、手に取り、口にする…爽やかな甘みと、水分が今の自身には嬉しくて。 【セファーナ】「早く、よくなってくださいね。  アラン君に出そうと思っていた課題、割と溜まっていますから。」        口に運ばれていくそれを嬉しそうに眺めながら話す言葉は、何時ものもの。        いや、少し意地悪を言っているような、そんな雰囲気。 【アラン】「へ…あ、ぅ……す、少しぐらい、まかりませんか?」      突然言われたそれにピクリと挙動を止め…上目遣いにセファーナを見ながら、無理だろうと思いながら言ってみる 【セファーナ】「私がそれを認めたことがありましたっけ? 何時もの通りですよ。 いつものとおり。」        人差し指をぴっと立てて、少しずれた眼鏡を直す。        何時もの仕草、何時もの声。 【アラン】「…ですよねぇ」      はぁ、と嘆息を吐きながら林檎を再び口にして 【セファーナ】「です。」        頷き返して。        自分の分も林檎をむこうとナイフを再び滑らせる。        …いつもどおり。        本当に、何時ものとおりになるには、自分達のおかれている状況は、あまりに辛いものだけれど。        それでも…彼らがいる。 懸命に、出来る事を為そうとしている若者がいる。        ならば…自分に出来る事は、それを支え、少しでも助けになれるようにすること。        そうやって、今までやってきた。 これからも、そうしていこう。        そんな事を考えながら…見慣れた、ベースキャンプの天井を見上げた。 【アラン】「……せんせー」      新しい林檎に手を伸ばしながら、天上を見上げるセファーナを呼ぶ 【セファーナ】「ん、なんですか? アラン君?」 そちらを向き直り、こたえる。 【アラン】「…本当に、ありがとうございます…少し、楽になった気がします」      笑みを浮かべて、本心から礼を述べて 【セファーナ】 その言葉には、あえて言葉を返さない。        唯、やわらかな笑みだけで返す。 【アラン】「それで、その、俺なんかが言うのもアレですけど…もし、力になれること、あったら言ってください…力になってみせますから」      少し照れながら答えて 【セファーナ】「ええ、その時は遠慮なく。 同じベースの、運命共同体ですものね。」 【アラン】「そうっすよね…うっし、早く身体治して…また、いろいろ頑張ろう…」      自身も仰ぎ、天井を見る…その顔に、悲愴はなく、未来を、前を見ている少年の顔で 【セファーナ】「その調子ですよ、その調子。」        その表情を横顔で見つめ。        …矢張り、前向きに進む人間の表情は、いいものだな、と、そんな事を感じながら。        穏やかに…時間を流していく。 こうして穏やかに時間は過ぎていく。 少年は再び前を見て、歩いて行ける様になって。 けれど、それは今までを忘れた訳ではなく。 ただ、前に進む為の、足元をきちんと固めて…まだ、迷うことも、悩むこともあるかもしれないけれど。 きっと、大丈夫だろう、とも。 そんな少年の様子を見る師は、その表情に満足を得て。 そうして、その日は過ぎて行ったのであった……。