海賊の襲撃から数日。襲撃自体の傷跡は少しずつ癒え…ベースの雰囲気も元通りになりつつある。       それでも、命を落とした人が戻るわけでもなく。ベースの一角には小さな墓地が作られた。   【フェリィ】人が訪れぬような時間に、姿を見せたのは一人の少女。墓地の傍にある大木に身体を預け、座り…目を伏せる。 【フェリィ】泣いてたら皆が不安に思うだろうというのは、よく判っていて。それでも、自分の中で割り切ることが出来なくて。 【フェリィ】自分が果たして、リーダーとしてやっていけるのだろうか、不安で。思考が延々とループし続ける、いくら悩んでも答えは出ない。 【フェリィ】「私は、どうしたらいいんだろう……」微かな呟きは、誰にも聞こえることなく。 【リーシュ】「今日も、ここに居たのですか」静かに聞こえる、衣擦れの音。土葉を踏む、足音。 【リーシュ】墓地の入り口に姿を見せる。あの日も、今も、変わらぬ姉の姿。そして、もう一人の、ギルドマスター。 【リーシュ】盛られた土は、僅かに6つ。あれだけの規模、実力の襲撃であれば、むしろ軽微だったと考えるのだが。人の感情というのは、そう、割り切れるものでもなくて 【フェリィ】「…姉様。うん――」すでに日は落ちかけ、薄暗い。咎められるかと思ったけれど…その声はなく。座り込んだまま、顔だけを少しだけ上げて。 【リーシュ】「横、いいでしょうか?」手で、落ち葉を払い、場所を作り、尋ねる。一人になりたいと、言うかも知れないけれど 【フェリィ】「…」その言葉には無言で頷く。一人になっても、考え込んでしまうだけで――それなら、せめて傍に大切な人が居てくれた方が気が、少しでも楽で。 【リーシュ】「それでは、失礼しますね」横に、腰を下ろし。フェリィの見ていた方を見る。6つの土の塊。同じ物が見えないことは知っているけれど、それでも、少しでも近しい物が見たくて。フェリィの苦しみを、理解したくて 【リーシュ】「何を、考えていたのか……聞いても、いいですか?」暫し、無言の時を起き。ふと、というように声をかけ 【フェリィ】「…うん。泣いてたら駄目だって思っても、割り切れなくて…こんなリーダーで、私はやっていけるのかなって思って…」ぽつ、ぽつと言葉を発する。 【フェリィ】既に泣き腫らしたのか、瞳は赤く。それでも、姉の方を見…言葉を発し。 【リーシュ】「そんな事だろうとは思っていましたけれど……泣いたら駄目だと言われたのは、何人の人に、でしょう?」やはり、あの一件が引っかかっているのだと、小さく、溜息をつき 【フェリィ】「リーダーとしては、みんなの前で弱みを見せちゃいけない…よね。わかってる…つもりだけど、なかなか出来ないよ…」何人の人に、という言葉には答えを返さず。 【リーシュ】「そんな事はありませんよ。と、言っても、今は説得力が無いでしょうね。それでは、聞きますが。フェリィが、今まで、私以外に弱みを見せた事は、ありませんでしたか?」フェリィの思考を考えつつ。何が、最善か、反応を観察しながら 【フェリィ】「……ある、かな――わからない、や。色んな不安がぐるぐるってしてて…もう…どうしたらいいか判らないよ――」泣きそうな声と共に、膝に顔を埋め。 【リーシュ】「休んでも、いいのですよ? もちろん、辞めてしまっても。ギルドマスターとして、フェリィのやりたい事が無ければ」そっと、肩に手を伸ばし。距離を、縮め 【リーシュ】「元々、皆さんの要望を受けて引き受けた仕事ですけれど。それが、重荷でしかないのなら、誰も続けてはいけませんもの」 【フェリィ】「今、辞めたら…余計にベースが混乱しない、かな。辞めるのはよくないって…思うんだけど、少し辛くて――」肩に乗る姉の手。姉の方を見て… 【リーシュ】「私が双方、引き受けましょうか? 後任を預けられる人間に、心当たりが無いのでしたら」そんな状況ならば、それこそ、フェリィはどこまでも追い詰められるだろう 【リーシュ】誰が、ここまでフェリィを追い詰めたのか。彼らはわかっているのだろうか? 追い詰めている大きな一因は、自分のそれであるとは自覚しながらも 【フェリィ】「ううん…」姉の提案には、首を振る。「誰が悪いってわけじゃない、私の問題だもん――だからこそ、余計に…悩むんだけど」はふ、と漏れるため息。 【リーシュ】「悩み、答えを出す事は大切な事です。ですが……それで、潰れていては。それこそ、リーダーとしての任が果たせないのではありませんか? 私に、その悩み、解かせては貰えませんか?」懇願するように、妹の顔を見上げ 【リーシュ】危険だと、思う。この状態が長く続いては、常人なら、いつ潰れてもおかしくは無い。どうにかして、楽にしてあげる手は無いかと、次の手、その次の手を考えて 【フェリィ】「ベースの人たちの死を、割り切れなくて…それでも、割り切らなきゃいけなくって…。割り切らなきゃ、リーダーとして…皆を不安にさせてしまうって、判っていても出来ない自分が…悔しくて」 【フェリィ】涙声のまま、言葉を発する。目を閉じると、一筋…涙が頬を伝う。 【リーシュ】「それは、そもそも前提が間違っているのですよ。割り切れなければリーダーになれないとしたら、ブラウズヘイムは、今まで、誰が支えてきたのでしょう?」肩を抱いた手とは逆の手で、頬を伝う宝石に、指を伸ばす 【リーシュ】「フェリィが弱みを見せた人は、あなたをリーダーの器ではないと言いましたか?」 【フェリィ】「ついてきてくれてる人に、何かを返せてるのかな…。支えてくれる人に、私はそれだけのものを返せてるのかな…」 【リーシュ】「返せていないのなら、とうに罷免されていると思いますよ。誰も引き受け手が居なくて、押し付け続けているのだとしても。私達の上のエリーシアさんが、黙っている筈が無いじゃないですか」 【リーシュ】「今まで、ブラウズヘイムのギルドマスターであった事。そして、それで大きな問題を起こさなかった事が。フェリィの、ギルドマスターとしての資質の証明なのですよ」 【リーシュ】だからこそ、フェリィは苦しむ。これで立ち直れば、もっと苦しみ続ける。それは、分かっていても 【フェリィ】「……そうなの、かな――それでも、自信が無いよ。割り切れなくて、こうやっていつまでも泣いてて…情けなくって、余計に…」涙が零れていく。姉の方へ身体を寄せ、服を掴む 【リーシュ】「ギルドマスターとしての在り方が、ひとつだと思っていませんか?」ハンカチを取り出し、頬を拭きながら。泣き顔を覗き込んで 【リーシュ】「私のようなやり方も、ひとつの形ですけれど。フェリィのように、一緒に泣き、笑い、怒る。それもひとつの、集団のの形です。何にもとる事もありません」 【フェリィ】「…だって、みんなを不安にさせちゃいけない、もの…泣いてなんて、いられないのに…」言葉ではそう返すものの、涙は止まらず。覗き込まれた瞳は、真っ赤で。 【リーシュ】「それでは、聞きますけれど。私が、試練で動じていないように見える事。フェリィは、不安ではありませんでした?」 【リーシュ】まっすぐに瞳を見据え、問い質す。それは、自分がフェリィに不安を与えていた、という事でもあるのだけれど 【フェリィ】「姉様は、強いなって思って…でも、なんで動じないのか、不安もあった…」素直に言葉を返す。 【リーシュ】「そういうギルドマスターであれば不安を与えないと、フェリィは言っているのに。それは、矛盾ですよね?」 【リーシュ】最初から意地悪な問いだったと思う。けれど、彼ら、群衆が求めるのは、そんな在り得ない幻想なのだ 【フェリィ】「……それは、確かに矛盾だけど…。それは…」何かが違う、と言い返そうとして…言い返せず。なんて言ったらいいのか、言葉が思い浮かばなくて 【リーシュ】「つまり、フェリィやラビさんの思い描く形も、誰もが求めるギルドマスターではなく。フェリィが今までやってきた形も、またそう」 【リーシュ】「すべての要求を満たす形などは無いのですから。自分のできる範囲で、行える事を行えば。良い、ギルドマスターだと思いますよ。私はね」 【フェリィ】「自分のできる範囲で、できることを……うん…」今まで、ずっとそうしてきた。改めて言われるとその通りで…小さく、頷き返す 【リーシュ】「できない事をやろうとしたら、簡単に潰れてしまいますからね。それに、自分ひとりだけで出来ることなんて、知れていますもの」 【リーシュ】「落ち着いた象徴の人物が必要ならば、そんな人物を、横に立てなさい。知恵が欲しければ、頼りなさい。そうして、今までやってきたのでしょう?」 【フェリィ】「私は、そうしてきたつもり……」頷きながら、言葉を返す。 【リーシュ】「泣く胸が欲しければ、私が、そうなりますから。もちろん、フェリィが許してくれれば、ですけれど」最後を、少し独占欲を滲ませた、冗談で締め括り。頬を染める 【フェリィ】「ありがとう、姉様――少しだけ、気が楽になった……」姉の肩に、自らの顔を乗せる。抱かれた温かさの心地よい感覚…それが今の心には、とても嬉しくて。 【リーシュ】「少しだけですか。ちょっと、残念です」くすりと笑い、冗談だと示しながら。肩に感じる妹の重さに、ほっとして 【リーシュ】一体いつまで、この島はフェリィを追い詰めるのだろう。一体どこまで、私はフェリィを苦しめるのだろう。常に感じているそんな気分が、僅かに軽くなる 【フェリィ】「だって…まだ、心配することばかりなんだもの――試練もあるし、海賊のことも…でも、頑張らなきゃね」目を閉じ、姉の背に腕を回す。今は、ずっとこうして居たい気分で。姉の温かさに、包まれて居たくて。 【リーシュ】「そうですね。何もかも片付けて、また、フェリィの翳りの無い笑顔が見たいですし」背に感じる、妹の優しさ、暖かさ、柔らかさ 【リーシュ】今は、これだけで満足しよう。眠る彼らに、それはもう縁遠いものだから。ただ、フェリィに微笑みかけて 【フェリィ】「みんな…頑張るから、見守ってて。みんなの分まで、生きるから――」偽善だと、自分の心で叫ぶものがある。それでも、そうだとしても…しっかりと、意思を示すために。 【リーシュ】「見守っていてください、皆の明日を。あなた方が安心して、眠っていられますよう」月の女神に、魂の案内を願い 【リーシュ】生者に、明日を。死者に眠りを。 【フェリィ】眠りを妨げられることの無いよう…祈る。         祈りが届くかどうか、それは分からない。これからも、海賊の襲撃はあるだろう。それ以外の脅威も、また       だが、新たな誓いと、突きつけられた背負っていた物。それと、何よりお互いの存在と、それを支え、支えられる仲間の姿を見れば。       彼らもそうそう、眠りを覚まさせられ、悲嘆に暮れる事は無いだろう       自分たちが、死した彼らに報いること。それは…彼らの分まで、生き抜く事だと…信じる。       ベースを護るために、皆の過ごす場所を護るために散った命を…忘れぬよう、心の奥に留めつつ。       死者に祈りを、生者に糧を。ただ、眠り続けるためだけでなく。ただ、生き続けるためだけでなく。