(hikami) ―――時間のわかり辛い、隠し部屋。常に薬品の匂いを纏う青年は…今日に至っては、常以上に鼻につく。寝不足、でもあるのか少し眠たげな足取りのまま扉を、開けて…… (hikami) 【政次】「……居たのか……久しぶり、になるんだよな。それとも、ただいま、になるのかな」浮かんでいたのはわずかの苦笑。治療の日では一応、無い……よれた白衣のまま、入り込んできた (tuka-neko) 【爾】「……ぁ……」退屈そうにソファの上に寝転んでいた、だらしない姿勢から……扉の開く音に反応して一挙動作で立ち上がる。色々な、想いが頭の中をよぎって……いつもなら多分抱きついていただろうに、僅かに俯いて……「うん、おかえり……マサツグ……」と、小さく呟く (hikami) 【政次】「…ただいま。悪かったな、長く留守にして―――…体の調子はどうだ?」此方はもとより、でもあるのだが視線を合わせようとは、しない。何時もならばまっすぐにデスクに向かうのだが…今日は、珍しくもあろう。ほとんど仮眠用にしか使われていないソファの方へと歩み寄り、全身を沈める様に腰掛けた (tuka-neko) 【爾】「うん、平気……と言うか、うん……色々……聞きたいこと、あってさ……」ソファに腰掛けたマサツグ、その膝に肘を乗せてその足元に跪くと……じぃ、と見上げる。普段の陽気さが、まるで嘘の様な……生真面目な表情で (hikami) 【政次】「―――………さすがに少し、辛かったのか?」青年が知っているのは…惨状、ともいえた爾の姿で最後なのだ。苦笑浮かべるとそ、っと、その長い髪をかきあげるようにしてやって「……聞きたい事?」 (tuka-neko) 【爾】「……うん。何か、ね、最近……うん、色々……思い出したりとかして……さ、曖昧なの。はっきりしてたはずの……この四年間の事も……信じられなくなっちゃって……」髪に触れる政次の指、薬品の匂いのする暖かさ……何となくほわりとしてくる幸福感に眼を細めながらも……僅かに首を振ってそれを振り払い「……コレを言うと……マサツグは知らなくていい、って言うかもだけど。ボクは知りたいの……いろんなこと……例えば、そう……」 (hikami) 【政次】「思い出した…だって?」その言葉に、明らかに眉根が寄る。…心当たり、なんて…先日の一件以外に無いのだろう。やはり、離れたのが不味かったのだろうか―――そんな思いもってももはや、遅い「―――判ってるなら、話せない、っていうのも判ってくれるな?爾は、思い出す必要なんてないんだ。そのまま、忘れたままで居れば…普通に、生きていける」 (tuka-neko) 【爾】「…………ボク自身の事……だよ?判らなかったら……不安になるし……それに」ここで一旦言葉を切って、両手を差し出し政次の顔を挟み込んで……真正面から見つめる「……周りの状況は……多分、それを赦してはくれないから……」 (hikami) 【政次】「―――だから、だ。いいか、爾」常ならば、まともに重ね合せる事の出来ない視線は…今日は、まっすぐに少女の瞳を射る。腕も伸ばさず、触れられた手も、退け様とはしない。「…お前は、他のオーヴァードとは“違う”んだ。お前は、特別だ。その分……危険だ。知る事が何も全ていい結果を産むとは限らない。知ることで、崩壊する人間だって居る。―――俺は、爾にそうなって欲しくは無い」 (tuka-neko) 【爾】「…………そんなことくらい……わかってる…………でも……」ぽつり、ぽつりと……呟く。僅かに、赤い瞳が揺らぎ……「“おとうさん”に……会ったの……テオ・トコスに行ったの……もう……何も知らないで、いられないよ……」 (hikami) 【政次】「っ…!?」その、言葉…反射的に立ち上がり―――結果、少女の腕を振り解く事となろうか。逃さぬようにと両肩を確りと、押さえつけた「爾、《マイスター》に逢ったのか!?何時、何故“神の母”へ近づいた!?」 (tuka-neko) 【爾】「……“神の母”?……テオ、トコス……のこと?………………何故、って、言われても……任務、だったし…………………………そこで……ボクと同じ顔をした子に会ったよ……《マンイーター》って、名乗ってた。他にもたくさんいた……」マサツグの腕をそっと掴み……立ち上がる。十全な状態なのなら……マサツグでは、抑え切れない…… (hikami) 【政次】「…“神の母”−テオ・トコス−―――任務、だと?……新庄か……っ…!」そんなことをする心当たり等、他に思いつくハズも、無かった。「………残っていたのか、アレが…………―――忘れろ、あれこそ、爾。お前にとって、思い出しては不味い事だ。《マイスター》のことも、逢わなかったと思うんだ。…この件からは手を引け」視線が、怖い。いつもの朴念仁具合等、どこかへと消え去っている―――あるのは、焦燥 (tuka-neko) 【爾】「そんな事言って……忘れられるわけないよっ!皆……死んでたんだよ!ボクと同じ顔した娘たちが……みんな……それに……“おとうさん”は『また迎えにくる』って言ってた……忘れてたら……きっと大変なことになるよっ!!」マサツグらしからぬ……其の視線に、引きもせず、真っ向からぶつかりあって…… (hikami) 【政次】「―――………《マイスター》が、そう、言ったのか?」死んでいた、なんて―――そんなものは予想出来ることだ。構う事など、なかった。それでも…「……爾に、《マイスター》が、そう言ったんだな?…大変、になんて、ならない。もしソレが本当ならば……爾、決して一人で行動するな」焦りを、隠す事なんて出来るはずもない…射る様な視線どころか、語調も常より荒く、強い (tuka-neko) 【爾】「…………“おとうさん”のとこには……行かないよ……そう決めた」心に浮かぶのは、トモカとレイの顔、“おとうさん”よりも、大切な……大切な親友の顔で「……マサツグ……ボクは……一体何なの?《マンイーター》は……たくさんいたのに……どうして、ボクなの?……マサツグは……知ってるんでしょ?みんなの知らないことを、色々と……」 (hikami) 【政次】「…そう、か………なら、良いんだが」行かない、そう聞ければ漸く、とでも言うか…深い嘆息と共に力が緩む「―――………ああ、勿論知っている、だが、な………」そこで言葉を区切ると、再度、どさり、と、倒れこむようにソファへと身を沈めた「―――教えるわけにはいかない」 (tuka-neko) 【爾】「……………………………………………」政次の顔を……じぃっと見下ろす。僅かに表情が失せて……其の肩に、手を掛けて…… (hikami) 【政次】「―――……判ったな?それが、爾の為なんだ。」逃げよう、なんて、しない。視線そらす事もせず、まっすぐに、視線を合わせる。―――その表情には疲労が、滲む「俺の口から言うわけには行かない。ソレは、変わらないんだ」 (tuka-neko) 【爾】「……マサツグは……知らないんだ……確かに……知らないことはしあわせ……って、よく言うかもしれないけど……でも……」ぐぅ、と……政次の肩に掛けた手に力が篭る……丁寧に余れた髪がゆれ……見慣れないリボンが揺れて……「……知らないって事は……凄く不安、なんだよ……自分を壊してしまいたくなるくらい」 (hikami) 【政次】「―――………なら、爾は知らないんだよ」浮かぶ苦笑は、消えることが、無い。向けられた言葉はあっさりと、否定してみせる―――触れられた手、そのままぐい、と、引き寄せるようにして「―――知る事で、自分を壊したくなるぐらいの苦痛だってあるんだ。」 (tuka-neko) 【爾】「………………どっちに転んでも苦しいなら……ボクは、ボクの納得のいくほうを選びたいよ……マサツグ……」とさり……と、政次の肩に頭を乗せ……体重を預ける。色々…問いただしたい事はあるのに……どうすればいいのかわからなくなって…… (hikami) 【政次】「納得の?…違うな、これはそんな次元の問題じゃあ、ないんだ」引き寄せたまま…視線は、合わせない。背を抱くことも、しない…体を触れ合わせたまま、それ以上は―――結局、出来ないのだろう。慌てる、なんて事も無かったのだが「―――……知れば後悔する。知れば、もっと知りたくなる。毒、なんだ…オーヴァードにとって《マイスター》は」 (tuka-neko) 【爾】「……優しい人……“だった”よ……今は……恐かった……けど……」淡々と……呟きながら……肩を震わせて……「……毒、なんていわれても……はいそうですかって…納得なんて出来ない……カストルの、事だって……」 (hikami) 【政次】「…なら、どうするんだ?」その肩を抱くことも、あやす事も、慰めることも、しない…向けられる声は、そんな、いつもと変わらぬ響き「―――納得出来なくて、爾は、如何するんだ?」 (tuka-neko) 【爾】「……わかんないよ……そんなの……マサツグ……ボクは…………どうせ……何したって……マサツグは……」ぎゅ、と……マサツグの肩、白衣を握り締めて……声を詰まらせて…触れているはずなのに……なんだか、とても其の距離は遠くて……「……ねぇ……マサツグ……一つ、だけ……答えて、くれないかな……多分、話せないことじゃない……筈、だから……」そっと、身をもぎ離しながら、俯いたまま、そう言って…… (hikami) 【政次】「―――………何だ?」離れる体、引きとめようとなんてしない。それでも…視線は離れ、常の様に少女の姿を捉えぬ位置へとずれた。もとより使い古されたモノではあるのだが、触れた白衣は常以上にくたびれている様にも思えるだろうか (tuka-neko) 【爾】「……ボクが……UGNに来たのは5年前……それから1年くらいは……記憶が曖昧なままだった。……学校に通ったり、友達と遊んだり、この部屋で“治療”を受けたり……この四年間の記憶を……ボクは、“信じて”いいの……?」こちらの視線は……見慣れた白衣へと注がれる。いつも、いつも……”この四年間”見慣れたはずの、それを…… (hikami) 【政次】「………ああ、勿論だ」何か、あったのだろう。思いはすれども言葉には、出さない…ただ、ゆっくりと手を伸ばし、その頬へと軽く触れただけ「…5年前、俺は爾を、此処に連れてきた。以前の記憶があると治療に支障を来たす、もともと混乱していたのもあったからな、徐々に“忘れて”貰った…それでも、此処からの記憶は“爾”のものだ」 (tuka-neko) 【爾】「……何かしたけど……忘れてる……なんてことは、ないよね?」さらに念を押す。トモカから聞いた話、もあるけれども……やはり、不安は不安。時折頭をよぎる旧い記憶、交錯する……意識。段々と……溶けて曖昧になっていくような気がして…… (hikami) 【政次】「…大丈夫だ」指先でそ、っと、涙の痕を、拭う。―――それ以上の事は、しなかったのだが「―――……爾、お前にとって“昔を知る”事は、今の自分に戸惑う事になる。だから、これ以上…知ろうとするのはやめておけ」 (tuka-neko) 【爾】「……………………………」軽く、唇を噛む……そんな事を言われても……困る。徐々に……閉ざされていた記憶は綻んできている……周りの状況……マイスターとのカストルとのポルックスとの接触はそれを赦してはくれない筈、だから……何も答えられなくて…… (hikami) 【政次】「―――判ったな?」確認、なのだろう。その言葉と共に手を離し、退く様に促してでもいるのか軽く、肩を叩いた「……俺は、医者なんだ。治療する義務がある」 (tuka-neko) 【爾】「…………せーしんてきなけあもいしゃのつとめだよー」無理やりに、笑う。おどけたように言ったつもりなのに……それは、どこか……強張っていて………… (hikami) 【政次】「……それは専門外なんだけどな」軽く、肩を竦めて見せる。先だってまでの緊迫感は抜けた様子ではあるのだが――「ほら、退いてくれ。ケア、っていうなら…良い物を、やろう」 (tuka-neko) 【爾】「……いいもの……?」ぽすん、と音を立てて、政次の隣に座り込み……首を傾げる。どうせなら情報の方がいいところ、ではあるが……それでも、元々根は単純なのだ。”いいもの”と聞けば……気にはなる (hikami) 【政次】「……っと、何処にしまったか―――……」立ち上がると、机の方へと歩み寄る。事務用の、ではなく、少ないながらも私物の仕舞いこまれた方の、だ……数分、引き出しをひっくり返して居たものの「…よし、あったあった」取り出したのは…盛大によれた、チケットらしき、もの。二枚あるそれを、爾の方へと向けて「こいつで、遊んで来い。」表面には…『うぉーたー★ざぶーん。 ざぶーんタイム優待券』 (tuka-neko) 【爾】「……………」それを見た途端……何とモ不機嫌そうな顔に。何と言うか……間が悪いことこの上ない…… (tuka-neko) 【爾】「……マサツグ……明日非番だよね?」じろーり、と睨みつけながら……そんな事を聞いてみたり。と言うか、非番であろうがなかろうが気にする気はないけれども (hikami) 【政次】「昼間は混んでるからな。夜に入場制限かけて入れるらしいんだが―――ずいぶん前に貰った奴なんだけどな、まだ有効期限内だ―――……ん?どうした、爾」無論、どうなっているか、など知るハズもなくて「―――…………俺に休みがない、ってのは知ってるだろう?」 (tuka-neko) 【爾】「……こないだの任務で新しい水着台無しになっちゃったの。そんなときにそんなモノ見せるんだもん。買い物に付き合う義務くらい、あると思わない?」何と言うジャイアニズム。まぁ、色々……取り付く島が殆どなかった腹いせ、も混じっていたりはするのだが、また無理なことを強請って (hikami) 【政次】「―――……………………………………言っておくが俺の財布を宛てにしても無理だぞ。この間帰ってきたばかりなんだぞ、俺は…それまでは日本支部に軟禁されてた様なものだしな」向けたのはあきらめにも似た、嘆息。結局は…間が、悪い――― (tuka-neko) 【爾】「ちぇ……なんて事は言わないけどね。一応お小遣いならまだ残ってるし。じゃ、明日迎えに来るからちゃんとサボっちゃダメだよ」そう言って……ちゃっかりチケットを受け取りながらも立ち上がる。 (hikami) 【政次】「…休みがあれば、な」曖昧に、答える。それでも落ちた肩は…どうやら、折り悪く本当に“休み”だったのだろう―――それも、当然。そろそろ休め、と強制的に戻らされたようなものなのだから「―――…期待はするなよ、俺だって疲れてるんだからな?」 (tuka-neko) 【爾】「んー……なら添い寝してあげよっか?」意地の悪い笑みを浮かべながらの言葉。本気か冗談かは、其の表情から……多分冗談、なのだろうと受け取れるが…… (hikami) 【政次】「っ!?ば、馬鹿言うな。余計に眠れないだろうが」すっかり、気を抜いていたのだろう。慌てたように背を、向けた「…ほら、さっさと戻れ。引っ張り出すつもりなら、今のうちに片付ける事があるからな」 (tuka-neko) 【爾】「はぁいっ…………………………まだ、諦めたわけじゃないから……ね……っ」前半は冗談めかして……後半は、マサツグには聞こえないように小さく呟きながら……くるりと身を翻して扉に向かう……「じゃ、また明日ね?マサツグっ」 (hikami) 【政次】「…ああ、なんども言うが…期待するなよ」嘆息と共に白衣を脱ぎ捨て、ソファへと、戻る。どうやら、もう取り合う気力は無くなったのか再度倒れこむように…今度は、横になっていた (tuka-neko) 【爾】「…………それは……どっちに対して、なんだろね……」ぽつんと、呟きながらも……ソファに寝転んだマサツグを振り返って……「……おやすみ、マサツグ……」そう言って、部屋を、出て行く………… (hikami) 【政次】「―――ああ、お休み」つぶやきは、聞こえない振り。ごろり、と、背を向け…そのまま目を、閉じる。寝息なんて、聞こえない、そんな…ただ、カラダを休めるというだけの行為でもあろう