めきめきっ  ――下生えを踏み砕く物音がした。驚いて振り向いた真名(マナ)に、とてつもなく巨大 な影が覆い被さろうとしていた。  悲鳴を上げるよりも速く、“そいつ”は苔で緑色に染まった樹の蔭から真名に躍りかかっ てきた。  “そいつ”のぬらぬらとしたウロコも苔色。つまり、完全な保護色。はしゃいで水浴び に興じていた真名ではそこまで近づかれるまで“そいつ”の存在に気付かなかったのは当 然ともいえたかもしれない。  “そいつ”――入り江ワニよりもさらに巨大なオオトカゲは、丸太でも噛み砕けそうな 顎を広げ、真名をひとのみにしようと襲いかかってきた。  刹那。  小柄な黒い影が疾った。  まさに真名を食いちぎるはずだった大顎は虚しく空を噛む。 「鏑(カブラ)!!」黒い影に抱えられ、一瞬のうちに泉の中から柔らかい下草の生い茂る 岸辺まで救い出され、真名は叫んだ。 「問題ない」そう応えざま、黒い影は真名を岸辺に降ろすと、すぐに背後にふりかえる。  先ほどまで真名が水浴びしていた泉の中央、そこには、目を爛々と輝かせるオオトカゲ の姿があった。あたかも獲物を奪われた怒りに震えているかのように。その表情は、まだ 柔らかく美味そうな獲物をあきらめてはいない事を物語っている。威嚇するようにその尻 尾で水面を何度も叩くオオトカゲ。 「殺生与奪、すべからく生を受くるモノの縁理命法なれば……」 オオトカゲが2人めがけて跳躍するように襲いかかったのと、真名に鏑と呼ばれた黒い影 が手短に狗族戦士の『殺理』を唱え、手馴れた所作で弓に弦を接ぎ、水平に構えた弓に矢 をつがえたのは、ほぼ同時だった。  オオトカゲの巨体が轟音をとどろかせ、岸辺に着地した。  ――結論から言えば、オオトカゲの襲撃はまたも失敗に終わった。オオトカゲが二人の いた岸辺に着地した時には、二人の姿はそこにはなかった。しかも、それだけでなく…… 「ギャァァァァァオォォォォッ!」  オオトカゲは苦悶の叫びをあげ、激しくのた打ち回っていた。  真名をその肩で突き飛ばしながら、鏑が放った2本の矢。水平に構えた弓に1度に2本 つがえた矢が、並の技量ではとてもかなわぬ正確さでオオトカゲの両目を深く貫いていた のだった。 「奉る!」オオトカゲの頭上高く跳躍した鏑は、飛び降りざま、あらゆる動物全てに共通 する急所・脊椎に腰より抜き放った山刀を全体重をかけて深々と突き立てた。 「他生の死をもち生を得る。感謝……」 『殺理』の最後の一句が紡がれるのと同時に、……激しくのたうっていたオオトカゲの巨 躯は、一瞬ひきつり、そして岸辺にどうっと沈みこんだ。 …………………………… 「鏑、鏑、か〜ぶ〜ら〜っ!」 それまで、突き飛ばされ、しりもちをついたまま放心していた真名に突然抱きつかれ、今 度は鏑がしりもちをついていた。 「あぁっ、ちょっと、真名〜っ、どいてよぅ〜」それまでの卓越した戦士振りから打って 変わって、まるで仔どものように叫ぶ鏑。  ぴんと立った両耳、全身を被う毛皮と、カールしたふさふさの尻尾に、突き出した頑丈 そうなあご――鏑は狗族と呼ばれる種族だった。村落単位で狩猟生活を営み、狩の技に長 じる少数種族・狗族。だが、総じて大柄なものの多い狗族にしては鏑の体格はあまりに小 さすぎる。もっとも、その理由は単純なものだった。 「すごいねっ、鏑って。まだ10ヶ月なのにこんなに強いなんて!」  狗族の若者はおよそ1年あまりで成人する。……そう、鏑はまだまだ狗族としては少年 に過ぎないのだった。 「一応、僕は『熊狩』の戦士だから……」どこか照れたように赤面しながら、鏑は真名を 抱えるようにして立ちあがった。 「それより、真名は怪我していない?」  その言葉を聞くやいなや、真名は急に不機嫌そうな表情になった。 「ケガはないけど〜」鏑を責めるような視線。 「突き飛ばされたせいで、せっかくキレイにした身体が泥まみれになっちゃったじゃな い!」 「うぅ……、ゴメン……」鏑は耳を伏せ、尻尾を両足の間に丸め込んだ。 「でもさ〜、旅に出てから、もう1ヶ月になるんだね〜っ」  再び、泉の澄んだ水を嬉しそうに身体に浴びながら、真名が言う。 「うん、でも、ニンゲンの都はまだまだ遠いみたいだしね……」岸辺近く、真名の身に何 かが起こったならばすぐに翔けつけられる位置に腰を下ろしながら鏑はため息をついた。 「伝説の都だから、そうすぐには着けないだろうけど……でも、真名のためにも出来るだ け早く着くようにするから」  そう言いながら、鏑は跳ね散る水にきらきらと輝く真名の裸体を見つめていた。  (僕は真名を伝説のニンゲンの都に連れていかなきゃいけない。だって真名は……)  真名は狗族ではない。いや、半分だけしか狗族ではない。15年前という狗族にとって は大変な大昔に、狗族の村に伝説のニンゲン族の旅人が訪れた(と、鏑は聞いている)。旅 人は10日ほど村に滞在し、そして、何も残さずに村を去った。ただひとつ、当時の族長 の娘の胎内に新たな命をのみ残して。  それが真名だ。  だから真名の姿は狗族のそれとはだいぶ異なっている。ぴんと立った両耳と、ふさふさ とした尻尾は狗族のそれとほとんど変わらない。けれども、その身体には頭部などの一部 を除いて毛皮がはえていないし、突き出した顎も持っていない。そう、真名は耳と尻尾を のぞけば、まさに伝説に聞くニンゲン族を思わせる容姿をしていた。  ニンゲン族を思わせるのはその容姿ばかりではなかった。狗族の子どもは1ヶ月もすれ ば乳離れし、表で遊びまわるようになる。しかし、真名が自分の足で歩けるようになった のは、伝え聞いたところでは1年半も経ってからとの事だったという。そして……現在、 真名は14歳。普通の狗族ならばすでに足腰も立たぬ老齢のはずが、その肢体はどう見て も7〜8ヶ月の少女のもの。  実際、鏑もいつのまにか真名の背丈を追い越した時には少し奇妙な気分になったものだ った。  真名は……いったい、真名は、自分よりも後に産まれたものが、歳をとり、死んでゆく のをどんな気持ちで見つめているんだろうか、と。  その答を知ったのは、ちょうど1ヶ月前のことだった。その夜、長老の1人が老衰で帰 らぬ人となった。享年は14歳。真名と同じ年に産まれたものの最後の1人だった。  その晩、いつも明るくふるまっていた真名は人目もはばからず泣きじゃくった。――友 達が老いて死んで行くのを見るのはもう嫌! そう叫んで涙を流した。  その涙に打たれたのだろうか。翌朝、長老達はそれまで村の『生き神』として一歩も村 から外に出さなかった真名に尋ねた。 「かしこみ、かしこみ、申し上げます。遥か西方、深き森の彼方に伝説のニンゲン族の都 があると聞き申します。そこに住むニンゲン族は100年もの月日を生きるともいわれま す。『生き神様』、定命なる我々の下で過ごすのはおやめになり、どうぞあるべきところに て永く永く、永遠に生きてくださいませ」  そして道中の警護として、若くして『熊狩』となったばかりの鏑がつけられたのだった。 あの時、長老会から警護を命じられた時の、嬉しいような、くすぐったいような気持ち。 あれはいったいなんだったのだろう……  と、      ばしゃん!  物思いにふけっていた鏑は突然浴びせられた水で濡れネズミとなった。 「な〜に、ボケーっとしてるのよ! 鏑もちゃんと水浴びするの!」 「何するんだ、このーっ!」鏑も泉に飛びこみ、逆に真名に盛大に水を浴びせかける。き ゃっきゃと笑いながらそれをかわそうとする真名。  まるっきり仔どものままのように、2人ははしゃぎあい、じゃれあいながら、泉の中で 戯れつづけた。  輝き散る水飛沫。2つの心からの笑顔。永遠の時間。  ――この旅が永遠に続けばいいのに。  そう願ったのは真名だったのか、鏑だったのか――。 …………………………… 「けっこう、美味しいね!」  串に刺された肉切れ――さきほどのオオトカゲのなれの果てをほおばりながら真名が嬉 しそうに叫ぶ。 「あ……、うん」  焚き火に照らされ、ほのかに赤みのさした真名のみずみずしい身体にみとれいていた鏑 は、慌てて視線を手もとの岩塩に落す。  今回のオオトカゲはいい保存食になりそうだ。岩塩を小刀で削り、肉にまぶす。あとは 一晩火にかけ、水気を飛ばしてしまえば、しばらくの間、食料を気にする必要はなさそう だ。  すでに空には満天の星がきらめき、遠くから梟の鳴き声が聞こえてくる。2人は先ほど の泉から、わずかに離れた森の中で夜営していた。 「ふぅ〜。美味しかった」串を2本食べたところで真名は満腹になったらしく、焚き火の 脇でごろんと横になった。 「今日は、あんなことがあって疲れちゃったから、もう寝るね」  そう言うと、真名は大きなあくびをし、身体を丸めた。 「お休み」やがて聞こえる静かな寝息。 「旅は順調だな……」鏑はそうつぶやく。そう、ただ1つをのぞいて、旅は順調だった。  ただ一点の予定外の事態、――それは鏑自身の体調の変調だった。  干し肉を作る手を止めて、鏑はそっと真名の寝姿をのぞきこむ。焚き火に照らされ、常 より朱のさした姿態。夢を見ているのか、時折、ぴくっと動く耳。  と同時に鏑は動悸が激しくなるのを感じた。あわてて、視線を岩塩に落す。熊と初めて 対峙した時にも、初めて1人で熊を屠った時も、これほどまでに心の臓が乱れることはな かった。  そう、ここ数日、鏑は原因不明の動悸と熱っぽさに悩まされていた。『熊狩』の戦士とし て、鏑はたいていの病気についての知識は持っている。しかし、そのどの症例とも、今の 自分の状態は一致しそうにない。自分の躰をうまくあやつれない。  もどかしくも苦しい思いを感じながら鏑は岩塩を削ることに集中しようとした。 「う〜ん……」 焚き火が熱かったのか、仰向けに寝返りを打つ真名。  鏑の胸の鼓動が大きくなった。再び手を止めて、そっと真名の躰を盗み見るかのように 覗き込む。  安らかに寝息を立てる小さなくちびる。焚き火に照らされ小さな陰影をつくる胸。無駄 な肉なく、しかし、しなやかな筋肉が傷1つない肌で被われている肢体。そして……  ドクン。  鏑の胸が大きく拍動を伝える。――変調をきたしているのは身体だけじゃない――鏑は 思った。  岩塩と小刀を地面に降ろし、鏑はそっと立ち上がる。『熊狩』の戦士は物音をたてない。 そっと歩み寄り、安心しきって眠っている真名のかたわらに腰を下ろす。真名は無邪気そ のものの表情で眠っている。警護の鏑のことを心底信頼しきっている、そんな寝顔。  そして、一方の鏑は困惑の極みの中にいた。何かをしたい。躰が何かすることを欲して いる。狂おしいほどに何かをしたい。――それなのに何をしたらいいのか、全く分からな い。こんな体調と気持ちになったのは産まれて初めてのことだから。  鏑は、そっと手を伸ばし真名の頬に指先でそっと触れた。やわらかな感触。気持ちいい。  と、再び真名は寝返りを打った。――ちょうど鏑が腰を下ろしている位置に向けて。  ぐっすりと眠っているのを邪魔したくない。だから鏑は腰を浮かせ、避けようと思った。 が、立ちあがりかけたところに真名の腰が鏑の脛を払うようにぶつかった。  無論、『熊狩』の戦士がそんなことで無様に転ぶはずはない。本来なら。しかし、鏑はそ の時、真名に覆い被さるように倒れこんでしまった。とっさに、両の手足を地面に付き、 真名の上にのしかかってしまわないようにする。だから、真名は何事もなかったかのよう にぐっすりと眠っていた。  鏑は真名に覆い被さったまま、動かなかった。いや、動けなかった。真名の寝姿をこん なに近くで見つめている。鼓動が激しくなる。僕の躰は、なにかをしようとしている。で も、何をしたらいいんだろう?  鏑はそっと真名の胸に手のひらを触れさせた。真名の小さな乳房は、鏑の手のひらでち ょうど包み込めるほどの大きさだった。柔らかく、そっと力をこめると、かすかな弾力を 手のひらに伝える、そんな胸。そして、手のひらには真名の胸のゆっくりとした拍動が静 かに伝わってくる。その音に言い様もないほどのいとおしさを感じる。  鏑はそっと手を滑らせた。焚き火に照らされかすかに汗ばんだ、絹のように滑らかな裸 体にそっと指を這わせる。  ――綺麗だ。――美しい。――可愛らしい。――素敵だ。――頭の中が言葉でいっぱい になる。産まれてこれまで、1度も感じたことのない感情が胸の中を跳ねまわる。跳ねま わるせいで、鼓動はどんどん激しくなる。この気持ちはなんだろう? 僕はいったいどう したらいいんだろう?  と、その時、眠っていた真名がわずかに顔をしかめた。慌ててその時なでさすっていた 真名の下腹部から手を離す。起しちゃったかな!? わずかな罪悪感を感じる鏑。  しかし、真名はいかにも寒そうに身体をちぢめこませると、そのまま眠りつづけてしま った。 「そっか、焚き火から離れちゃったしね……」真名が顔をしかめたのが自分のせいでない と分かり、鏑は少しだけ安心した。身体に毛皮の生えていない真名はとても寒がりなのだ。 こんなに焚き火から離れてしまったら、確かに寒く思うのも当然かもしれない。そうおも った鏑は真名を焚き火の傍に連れてゆこうと思い、抱き上げようとその躰を抱きしめた。  ――あぁ……。  鏑の頭の中が、真っ白になった。両腕を真名の背に回し、胸と胸が触れ合う。触れんば かりの距離にせまったその寝顔。真名の両足に自分の足を絡める。真名の体温が暖かい。 真名の躰が心地よい。心の底から満たされた感覚。そうだったんだ。僕の躰が欲していた ことはこうやって真名の躰を抱きしめることだったんだ。  真名は安らかに眠っている。鏑の毛皮にくるまり、本当に安心しきった寝顔で眠ってい る。  鏑もそのまま眠ろうとした。干し肉作りは途中だけど、今は、そんなことはもう、どう でもいいような気がする。真名をこうやって抱きしめていたい。それが1番の望み。  どくん。  再び鼓動が、今度は胸ではなく躰のもっと奥、下のほうで響いた。『もっと……』鏑の躰 が鏑の心にささやきかけた。もっとって何を? 鏑は当惑する。こうやって抱きしめる以 上の事? 『もっとしたい』したいって何を?  満ち足りた気持ち、未だ満ち足りない躰。鏑は真名の躰を抱き寄せ、頬ずりした。真名 の背に回した手で、真名の背中から尻尾にかけて優しくなでさすった。でも、わからない。 何をしたら、僕の躰は満ち足りるのだろう?  焚き火はすっかり炭と灰ばかりになり、かすかに、おき火が残るばかりとなっていた。  東から白み始めた空がゆっくりと蒼に染まってゆく。小鳥達は歌い交わし、新たな1日 の始まりを喜び唄い、告げ知らせていた。  森の中にも日が差し始め、どの動物達にもさわやかな森の朝がやってきていた。  ……しかし、たった1人だけ、さわやかな寝覚めを迎えていない者がいた。――他なら ぬ鏑だ。  真名を抱きしめたまま、鏑はまんじりともせずに夜を明かしていたのだった。 「む〜ん……」鏑の胸の中で真名が大きく伸びをした。そして起きあがろうとして目をあ け…… 「え? あれ? かっ、鏑?」  驚くのは当然といえよう。目覚めてみれば、異性に躰をきつく抱きしめられていたのだ から。 「あ、ごめっ……、そのっ……」  鏑は答えざま、あわてて真名を抱きしめていた両腕をはなし、飛び退った。  伏せた耳は服従や謝罪の気持ち。両足の間に丸め込んだ尻尾も同じ事。真名は一時の驚 愕から立ち直ると、なにやらひどく落ち込んでいる様子の鏑の目を見つめた。 「あのね、真名……。真名が寒そうだったから、だからあっためてあげないと、って思っ て……」なにか言いにくそうに釈明しようとする鏑。そんな鏑を見て真名はくすっと微笑 み、鏑の胸に再びそっと頭を預けた。 「そっか〜、あっためてくれてたんだ? あ・り・が・とっ!」  その言葉を聞いて鏑の伏せられていた耳がピンと立つ。鏑もようやく落ち着きを取り戻 したようだ。そう思ったのか、真名はもうひとつの感情表現、鏑の尻尾に目を向けようと して……今度こそ本当に驚愕の表情をした。 「え? それ? まさか……」何かを見つめて絶句する真名。 真名の視線を追って、鏑ははじめて自分の躰の異変に気付いた。  鏑の下腹部、毛皮の中から真っ赤な鏑自身のモノがそそり立っていた。 「うわっ! 何コレ? 僕の身体、どうしちゃったの?」 …………………………… 「まさか……鏑……」  おずおずと真名が口を開く。 「私と交尾したいの?」 「交尾?」オウム返しの鏑。 「交尾って、何?」  ほんの数瞬。ゆっくりと晴れはじめた朝霧の中。真名と鏑は―― 「な〜んだ!」  ようやく合点がいったとでもいいたげな笑い声――沈黙を破ったのは真名だった。 「発情したの、初めてなんだ? 鏑って実は、まだ仔どもだったんだねっ!」 「う、うん」  交尾ってなんだろう? 発情ってなんだろう? そう思いながらも鏑は「初めて」とい う言葉に思わずうなずいていた。どうして真名は僕がこうなったのが初めてだって分かっ たんだろう? 「ねぇ、鏑……」  突然顔を寄せながら、真名は急に真面目な表情になって鏑にたずねた。 「私のこと、好き?」 「うん」鏑はうなずいた。 「真名は村の大切な『生き神』で――」  ――ゴチン  いきなりの頭突きに鏑は額を押さえた。もっとも、頭突きをかました当の真名の方も目 に涙を浮かべながら額を撫でこすっている。 「そ〜ゆうんじゃなくて!」  痛みをごまかすように真名は怒鳴りつけた。 「なんていうのかな〜っ、もうっ。1人の女の仔として、私のこと、特別に好きかって聞 いてるの!」  どくん。思わずうつむいた鏑の胸の奥で、また鼓動が響いた。――1人の女の仔として、 ――特別に……  焚き火に照らされた真名の肢体、そっと触れた胸の柔らかさ、抱きしめた時に心を満た した喜び。綺麗だと思った。かわいいと思った。村のほかの女の仔に、こんな気持ちを抱 いたことはなかった。ただ、真名にだけ、こんな気持ちを抱いた。聞かれて初めて分かっ た。今までは警護のことにだけ心を向けようと、ずっと心をだましていた。でも。でも― ―僕は、真名が……  大好きだ。  強まる鼓動。言わなきゃ。僕の本当の気持ちを。 「好き……」  うつむいたままぽつり。もっと、色々言葉を尽くしたかった。心の底から好きだって事 を、色々と説明したかった。でも、口から出たのはそれだけ。顔を真っ赤にさせながら、 やっと言えた一言。  これだけじゃ、真名に僕の気持ちは伝わらないかも。そう思って慌てて顔を上げた。  微笑み。 「わかった……」真名のくちびるがそっとささやいた。 「それなら……、鏑となら、私、交尾してもいい」  真名の発する言葉のひとつひとつが、どこまでも優しく鏑を包む。  そっと鏑を抱きしめる細い両腕。再び下生えの中に倒れこむ2つの躰。  鏑は大好きな真名を何よりも力強く抱きしめていた。 「で、交尾ってどうすればいいの?」  草の上に横たわった真名の上に覆い被さりながら、鏑は不安と好奇心がないまぜになっ た気持ちでたずねる。声がうわずってしまうのは、否応なく高まってしまった躰のせい。 「う〜ん、えっとね、私も実際に交尾するのははじめてだから……」  たずねられた当の真名も、当惑を隠せなかった。狗族の村で14年も生きていれば、他 のものが交尾する様を見たことくらいは何度かある。しかし、いざ、わが身となってみる と、どうしたらよいものか、真名自身にも見当がつかないでいたのだ。 「まず〜、そのおちんちんを……」言いながら真名は手を伸ばし、毛皮から突き出した鏑 の昂ぶりを握り締めた。 「ひゃっ!」ぴくりと躰を震わせながら、思わず声をあげてしまう鏑。 「あ、痛かった?」真名はあわてて鏑に声をかけた。 「ううん……」さらに顔を真っ赤にさせながら、鏑は応える。 「痛いんじゃなくて……」  むずがゆい? くすぐったい? この感じ、何て言ったらいいんだろう? 「じゃ、気持ちよかった?」 「うんっ」――そう。とても気持ちがよかったんだ。 鏑の言葉に安心したのか、真名は再び鏑の昂ぶりをそっとつかむ。また鏑が体を震わせる が、今度はその手を離さない。そして、 「おちんちんをね、ここの穴の中に入れるの……」そっと、その先端を自分の膣口に導く。 「入れれば……いいの?」 上気した表情の鏑がうわずった声でたずねる。うなずく真名。  ぐっ――。鏑は腰を突き出すようにして、真名の膣中に押し入ろうとした。が、初めて の事に狙いを誤った鏑自身は真名の性器の表面をなぞるように滑り、真名の下腹部をいた ずらにこすっただけだった。 「ちがうよ、中に入れなきゃ……」 「う、うん……」鏑は上の空でこたえる。真名の性器の表面をおちんちんでこすりあげた 時に感じだぞわぞわするほどの、その快感。――もっと、――もっと。鏑の躰は、貪欲に 初めての悦楽と真名の肉体を求め、理性的な部分を吹き飛ばしていた。  ――もっと、気持ちよくなりたい……。もう一度狙いをつけるように腰を引くと、今度 は強引にねじりこむように腰を突き入れた。  ぎりぎりっ……ぶちっ 「いたっ! 痛いよぅっ!」真名は思わず大きな悲鳴を上げてしまっていた。  まだ充分に真名の躰の方は準備が整っていなかった。ぬれそぼっていない処女の膣に強 引に突き入れられかけ、あまりの痛さに真名は身体をよじる。そのためかろうじて先端部 分だけ埋没していた鏑の昂ぶりは真名の中から抜け落ち、無理やり突き出した鏑の腰の動 きのままに真名の性器をなぞり…… 「んっ! はぁっ……」 脳天から腰の奥まで突きぬけるよう快感に鏑は身体を震わせた。一瞬の高まり、自分の性 器から駆け上ってゆく何か……そして、全身を弛緩させる脱力感と満足感……。身体の命 じるままに、何度も何度も鏑は白い欲望を真名の肌の上に解き放った。 「こ……、これ、これが交尾?」 脱力しきって真名の身体の上にもたれかけ、荒い息をしながら鏑はたずねた。――交尾っ て……すごく気持ちがいい……。鏑はそう思って真名の顔を覗き込もうとした。 「もう、バカッ!」 いきなり浴びせ掛けられた罵声に、慌てて身体を離す鏑。と、みると、真名の下腹部から 胸にかけて白くにごった粘り気のある液体が点々と広がっている。 「――あのね、鏑……」  真名は鏑の精液を指差しながら、出来の悪い仔を諭すように鏑に話しかける。 「これをね、鏑の子種をね、私の中に出さないと、ちゃんとした交尾にならないのよ?」 「え……、え?」 朦朧とした頭で必死に鏑は考える。真名のお腹の白いのは、たぶん、さっき、我を忘れる くらい気持ちよかった時に、僕が出した何かなんだろう……そういえば、おちんちんを何 かがかけ抜けていったような気がしたし……。これ、子種っていうんだ。 「中に?」おずおずと尋ね返す。叱責されるのはもう覚悟の上。 「そ、中にね」  真名は鏑が思っていたよりも、怒ってなどいなかった。むしろ、鏑の目には喜んですら いるように思われた。  真名は好奇心にあふれた表情で、おそるおそるという様子で自分の下腹部に吐き出され た精液に指を触れてみる。そっと指を離すと、触れられた精液は、つっーと糸を引く。そ の感触を確かめるようにしながら真名はいとおしむかのような手つきで肌の上から精液を すくいとる。指と指の隙間からぬらりとこぼれそうになる粘り気の濃い精液を、慌ててこ ぼさないように手のひらに溜める。 「へへっ。いい事考えちゃった」とびっきりの笑顔で鏑に微笑みかけると、真名はそっと 両足を大きく広げ、精液を溜めていないほうの手を朱に色付く花びらに寄せ、その人差し 指と中指で花弁を押し開いた。 「あぁぅ……」真名が何をしようとしているか鏑には分からない、だが、その艶のある仕 草さに、鏑は言葉も忘れ、見とれてしまっていた。 「見ててね……」恥ずかしそうにそう言うと、真名は手のひらに溜めた鏑の精液をとろり とその指先に流させた。そして精液でてらてらと光る、その指先を……  ――ゆっくりと自分の性器に塗りこめはじめた。  最初は表面にそっとこすりつけるように。指が通りすぎると、白く半濁した鏑の精液が てらてらと艶かしく濡れた跡を残す。陰核からはじめて、ゆっくりと指で押し広げられた ラビアの内側を鏑の精液で濡らせてゆく。  そしてその指が膣口に触れたとき、一瞬、真名はためらうように指を止めた。そして鏑 の顔を覗き見る。しかし、その鏑が興奮に上気した表情で真名の秘所を見つめているのを 見ると、優しく笑い  鏑の精液をたっぷりとからめた指を自分自身の中にゆっくりと突き立てていった。  にちゃり  わずかに濡れていた真名の愛液と鏑の精液が交じり合う。真名は膣口をかき混ぜるよう にしながら手のひらに溜めた精液を膣口に流し込んだ。 「んっ……あぁ……」真名の口から吐息が漏れる。真名はもう片方の手の指で膣口をゆっ くりと押し広げ、精液にまみれた方の指をさらに奥へ、奥へと進ませる、真名の小さな膣 内を満たし、さらにあふれる精液は、真名の指の隙間からぱたぱたと下草の上に白い水玉 を作る。 「んっ……ほら、中まで鏑の子種が入ってるでしょ?」真名自身が自らの胎内深くまで流 し込んだ鏑の精液。 「こんな感じで、ぬるぬるしていれば、今度はちゃんと入ると思うの……」 小さく荒い息を継ぎながら、真名は自らの膣内から、てらてらと輝く指を引きぬいた。ぬ るりとした精液が膣口から真名の白魚のような指先に、つっ……と糸を引く。 「もう一回、出来る? ちゃんと最後まで交尾できる?」やや不安げに、しかし、包み込 むように真名は鏑に言葉をかける。  一度射精すれば男の仔は、だいぶ興奮が収まってしまうもの。しかし、鏑はこれまで一 度も見た事のない、あられもない真名の姿を見てしまった。己の精液を真名がいとおしそ うに胎内に塗りこめるのをその目に焼き付けてしまった。  ――今度こそ、ちゃんと真名と交尾したい。真名に包まれて、あの快感を分かち合いた い。そして何より、ちゃんとした交尾をして真名の身体の奥深くに、あの白いぬるぬると した僕の子種を僕自身の手で送り届けたい。僕の全てをかけて、僕の思い全てを込めて。 ――だって大好きな真名だから。  鏑は、真名の上の身体を重ねた。  これで交尾への挑戦は2度目。2人は前回の失敗を繰り返さないようにお互いの身体の 欲望だけに全てを任せることをやめることにした。真名は大きく足を開いた。また、鏑が うまく性器の先端を膣口に導きやすいように、片方の手指で膣口を開きながら、もう片方 の手を鏑の昂ぶりに添えた。  鏑も、ともすれば真っ白になりそうになる興奮を押さえ、自分のおちんちんの位置を真 名の導きに任せ、無理やり突き入れるようなことはしないように心がけた。 「いくよ?」 「うん、入れて」  にゅるっ…… 先ほど塗り込められた精液が潤滑を助けたのか、真名自身が濡れはじめてきたのか、意外 なほどあっさり鏑自身は真名の膣口に飲みこまれてゆく。  しかし、さっきのような痛い思いをさせたくない、その一心で、鏑は、はやる自分自身 の気持ちを押さえ、真名のいざなうままに、ゆっくりとその胎内に分け入っていった。  ぬるりと粘膜と粘膜がこすれ合う。真名に包まれる心地よさ。鏑を自分自身の中に受け 入れる痛みと喜び。キモチイイ。それが答。 「んっ!」快感に身を震わせたのは鏑。 「はぁっ……」痛みと同時に躰の中に分け入ってくる温もりにため息を吐く真名。  そして……、鏑の根本が真名の膣口とあわさった。最後まで、愛する人の一番奥まで自 分自身が届いた瞬間。  ゆっくりと、2つの肉体が1つになっていった。 「動かしていい?」痛みを感じているらしい真名を思いやるように鏑が言葉をかける。 「うん、お願い」 ぎこちなく腰を動かす鏑、そんな鏑を抱きしめ、鏑の全てを受けとめようとする真名。  腰の使い方をまだわかっていない鏑の昂ぶりは、最初の時と同様に、引いた時に真名の 膣から外れてしまうことが多かった。しかし、何度かの失敗の後、若い2人はすぐに正し いやり方を覚え、上手く膣の中で激しく動くことが出来るようになっていった。  互いに互いをきつく抱きしめる2人。もう二人の中は真っ白な快感の靄で満たされてい た。当初は痛がっていた真名も、すぐに女の仔として男の仔を受け入れる喜びを感じられ るようになっていた。  ――キモチイイ?  ――ウン、キモチイイ。カブラハ?  ――ボクモ。……ア、マタ、デソウダヨッ!  ――ダシテ! ワタシノナカニ、カブラノアイヲ……  鏑の腰使いが早くなる。頭と心を一杯にして、鏑はなおあふれそうな歓喜を全身で歌っ ていた。一方の真名もそんな鏑に必死にしがみつきながら、鏑のはげしいリズムを受けと め、受け入れる。  そして…… 「あぅっ!」鏑は小さくあえいだ。そして全身を弓なりにするようにして、真名の膣の一 番奥、子宮口までおちんちんを突きたて……  産まれて2度目の射精、そして、愛する人の中への初めての射精。  それは空白。それは生の体験そのもの。いとおしいと思う気持ちと、交わりを求める身 体が1つになって1番大好きな人の中にさっきの白いものを送り届ける。鏑は、やっと分 かった。  ――あぁ、これが、交尾なんだ……。  あまりの快感の中、急速にぼやけて行く意識の中で、鏑は達成感を感じていた。――そ う、一番やりたかったこと……。真名と1つになること。――僕は真名と1つになった。  幸せだ……。こんなしあわせは初めてだ。鏑は真名の胸の中、激しく息をつぎながらも、 荒い息で、疲れ果てて身動きの取れない真名を抱きしめ……口付けをしたのだった。そっ と、優しく、なによりも初々しく。  鳥のさえずりが森の中に響き渡る。太陽はすでに高く昇り、森の木々の隙間から優しい 光りを注ぎ込んでいた。  そんな日溜りの中、真名と鏑は抱き合って横たわっていた。初めてひとつになったあの 時からすでに半日近くたっていた。しかし、2人はその身を包む幸福感とけだるさで、立 ち上がることすら思いもよらずにいた。  鏑の昂ぶりは未だ衰えることを知らず、真名を胎内から愛撫していた。時折、真名はそ の動きに小さくあえぐ。2人は何度も何度も唇を重ねた。愛する気持ちをこめて唇を重ね た。何度も何度も射精した。愛する気持ちをこめて胎内に注ぎ込んだ。 「真名……大好きだよ……」 不器用にそう告げる鏑。不器用で、言葉足らず。けれども、万感の思いのこもった言葉。 「えへへ〜。ありがとう」そんな鏑の鼻先に優しくキスをする真名。  と、かすかな不安が鏑の心に去来する。鏑は1度、自分自身の昂ぶりを真名からずるり と引き抜くと、真顔になって真名にたずねた。 「そのっ、真名は、僕が真名のことを好きだから、だから交尾することを許してくれたん だよね?」 「うんっ!」無邪気に微笑む真名。 「それじゃ――、それじゃさ。真名は僕の事、どう思う?」  2羽の小鳥が鳴き交わしながら2人の頭上を舞い踊るように飛んで行く。 「ん〜。あのねぇ〜」 真名は「これは秘密なんだけど、でも、教えてあげてもいいかなぁ〜」とでも言いたげな、 曰くありげの表情で鏑の瞳を見つめた。 「ニンゲンの都に行くまでの警護を鏑にするって決めたの、実は長老会じゃないんだよ〜」  ――え? 「実はね〜、私が、一緒に旅するなら鏑じゃなきゃダメっ! ダメダメダメっ! って言 ったんだよ〜」  ――それって? 混乱する鏑。そしてそんな鏑を慈母のように優しく抱きしめる真名の ほっそりとした腕。 「村で毎年産まれる仔ども達ってさ〜。6ヶ月くらいまでは、普通に私と遊んでくれるん だけど、そのうち、だんだん私に対して『生き神様』って感じでよそよそしくなっていっ ちゃうの」  寂しそうにつぶやく真名。真名は……永遠とも思えるような14年の間、毎年、毎年、 新しい仔どもと友達になり、そして、いつのまにか壁を立てられ、また孤独になる、そん なことを繰り返してきたのか……。鏑の胸は我が事のように痛んだ。 「でもね――。変わり者がいたの」打って変わって明るい表情の真名。 「その仔はね〜、チビッ仔の時から、大人顔負けの弓の達人で、まだ八ヶ月にならないか の頃にはもう『熊狩』になっていたの」  家族の自慢をするような、そんな口調で嬉しそうに真名は語る。 「それなのにね〜、大人顔負けになっても、産まれてから何ヶ月たっても、その仔は、村 の『生き神様』に、普通に友達に話すみたいに話しかけてくれたの」 真っ赤な顔をしながらそっと視線を鏑から外す真名。 「歳が何ヶ月になっても、『熊狩』になっても、全然変わらずに、私と一緒に遊んでくれた、 変な奴。私はね〜、そいつのことが大好きなの」  そう言うと真名は照れ隠しをするように鏑の腰を引っ張り、鏑のモノをその膣で包み込 んだ。 「んっ、愛してるよ、鏑。――だから、鏑が私に発情してくれた時に、決めたんだ」 うっとりとした表情で鏑を見つめながら真名はささやく。 「ニンゲンの都なんて行かなくていい。鏑と一緒に2人っきりで暮らせるなら、そっちの ほうが私は幸せ」 「そうなの?」真名の膣内に固いこわばりをうずめたまま、鏑はたずねる。 「うん、見たこともない伝説のニンゲンの都で過ごすよりも、大好きな鏑と一緒にいたい」 「僕は、15年もしたら死んじゃうんだよ?」 「そ〜ゆうのは関係ないの! 私がこの世で一番幸せなのは、鏑と1つになっている時な んだから!」  鏑は返事代わりにゆっくりと真名を慈しむように腰を動かしはじめた。 「はぁっ……」心から幸せそうに切なげな吐息をもらす真名。  深い森の奥、幾つもの小さな花を咲かせた下草が生え茂る小さな日溜りの中、2人はい つまでもいつまでも互いの躰を確かめ合っていた。  ただただ、深く互いの愛を確かめ合っていた。